マイケル・デルは世界最大級のテクノロジー企業を築き上げた。しかし、彼がパーソナルコンピュータ(PC)を発明したわけではない。彼は「単に」、PCを顧客に直接販売し、カスタマイズを可能にし、在庫を削減し、キャッシュフローを改善するための優れた方法を見つけたに過ぎない。
ジェフ・ベゾスはインターネットを発明したわけでも、Amazon.comを立ち上げるために新しい製品を開発したわけでもない。彼は「単に」、誕生したばかりのインターネットを利用して、より豊富な品揃えと利便性を提供するという新しい方法で本を販売したに過ぎない。
ブライアン・チェスキーは新しいタイプのホテルを発明したわけではない。彼は「単に」、住宅所有者が既存のスペースを旅行者に貸し出す手助けをしたに過ぎない。
デル、ベゾス、チェスキーは類まれなイノベーターであり、イノベーションを回避したわけではない。
「イノベーションの誘惑」とは、イノベーションそのものではない。製品や技術のイノベーションが、事業を構築する能力の代わりになり得るという思い込みのことだ。
イノベーションの誘惑
イノベーションは、ビジネスにおいて最も魅力的な言葉の一つとなった。
- 企業はイノベーション・ラボを設立する。
- 大学は技術の商業化を推進する。
- 政府は研究開発(R&D)に資金を提供する。
- 起業家エコシステムはピッチコンテストや投資イベントを企画する。
- スモールビジネス・イノベーション研究(SBIR)助成金のようなプログラムが技術イノベーションに資金を提供する。
このような重視にはもっともな理由がある。新しい技術や製品は業界を変革し得るからだ。
だが、イノベーションの最大の危険が、その言葉の抗いがたい魅力にあるとしたらどうだろうか?
新製品やプロトタイプ、新技術を目にするのは容易だ。しかし、革新的なイノベーションに市場が存在するかどうか(特にその市場を新たに開拓しなければならない場合)、あるいは起業家がそのイノベーションを支配的な事業へと成長させるための戦略的適合性(ストラテジック・フィット)と能力を備えているかを見極めるのは、はるかに難しい。
- RCAは液晶ディスプレイ(LCD)を開発したが、その利益を享受することはできなかった。
- ゼロックスPARCはレーザープリンター、マウス、イーサネットを開発したが、これらの技術を中心に産業を築いたのは他社だった。
ここに「イノベーションの誘惑」に関する5つの警告を挙げる。
1. 先発者のイノベーションは罠になり得る
イノベーションへの心酔は、起業におけるもう一つの神話である「ファーストムーバー・アドバンテージ(先発優位性)」と結びついている。
最終的に業界を支配できたファーストムーバーはわずか約11%に過ぎず、約半数は失敗した。勝利を収めた多くは、新興産業に参入し、パイオニアから学び、戦略を改善して支配権を確立した「スマートムーバー(賢明な後発者)」だった。
- ビル・ゲイツはPCのオペレーティングシステム(OS)を発明したわけではない。
- サム・ウォルトンは大型量販店(ビッグボックス)小売のコンセプトを開発したわけではない。
- Anthropic(アンソロピック)のダリオ・アモデイはAIを開発したわけではない。
パイオニアは、後発参入者が静観して学ぶ間に、市場を教育し、技術を完成させ、顧客が何を求めているかを突き止めなければならない可能性がある。
危険が生じるのは、起業家が自らのイノベーションこそが競合優位性であると思い込むときだ。プロダクトの完成度を高め、知的財産を保護し、助成金や資金を追求するために乏しく貴重な資金を費やしている間に、別の起業家がより優れた顧客セグメント、販売方法、あるいはビジネスモデルを見つけ出してしまう可能性がある。
発明家はイノベーションを生み出すかもしれない。しかし、優れた戦略的適合性と能力を備えた起業家が富を生み出すかもしれないのだ。
2. 戦略的適合性はプロダクトのイノベーション以上に重要である
デルのブレイクスルーは、新しいコンピュータではなかった。コンピュータを取り巻く戦略的適合性だった。直販方式を採用することで、デルはコンピュータのカスタマイズ、在庫や売掛金の削減、より新しい部品の使用を可能にし、より少ない資本で成長することができた。
ベゾスの最初のブレイクスルーは、本そのものではなかった。台頭しつつあったインターネットを、最適な初期製品、顧客価値の提案、そして販売チャネルと組み合わせたことだった。
チェスキーはホテルを建てる必要はなかった。Airbnbは、個人の住宅というすでに存在していた未利用資産と旅行者を結びつけたのだった。
戦略的な問いは、単に「自分は何を発明できるか?」ではない。
「どのような支配的となり得る組み合わせが、圧倒的な価値を生み出すことができるか?」である。
- 台頭しつつあるトレンド
- 製品またはサービス
- 顧客セグメントと未充足のニーズ
- 戦略的グループと優位性
- 売上の推進要因(セールスドライバー)
その組み合わせこそが戦略的適合性である。プロダクトのイノベーションは戦略的適合性の一部になり得るが、その代わりになるものではない。
3. 最大の機会は新製品ではなく、新たなトレンドから生まれる
起業家による巨額の富の多くは、新たなトレンドの上に築かれた。
- サム・ウォルトンは小売業の変革の波に乗った。
- ビル・ゲイツとマイケル・デルはPC革命の波に乗った。
- ジェフ・ベゾス、そしてグーグルのペイジとブリンは、インターネットの初期段階の波に乗った。
- マーク・ザッカーバーグはそのつながりの段階の波に乗った。
- ブライアン・チェスキーとトラビス・カラニックは、ユーザーと未利用資産を結びつけるプラットフォームへの進化を活用した。
革新的なイノベーションは、単に新しい製品を生み出すだけではない。ビジネスモデル、競争優位性、業界の経済性を変え得る新たなトレンドを作り出すのだ。そして、古いモデルを支配していた企業は、自らの資産、システム、スキル、戦略に縛られ、新しいモデルで主導権を握ることが困難になる。これこそが、起業家にとっての参入機会を生み出すのだ。
数十億ドル規模の企業を築くために、起業家自らが革新的なイノベーションを生み出す必要はない。機会は、イノベーションによって何が変わったかを認識し、既存の競合他社よりも上手にそれを活用できる戦略的適合性を見つけることの中にあるかもしれない。
より適切な問いは、「何が変わりつつあり、自分はどのようにしてその変化を誰よりも上手に利用できるか?」かもしれない。
4. イノベーションだけでは不十分。創業者兼CEOの能力が重要だ
適切なトレンドに乗った適切なプロダクトであっても、それだけで優れた企業が作られるわけではない。誰かがそれを売り、顧客を見つけ、競争戦略を立て、事業に資金を調達し、キャッシュフローを管理し、組織を構築し、成長を牽引しなければならない。
これらは創業者兼CEOの能力である。しかし、多くの起業支援プログラムは、ベンチャーキャピタルを引き付けるためのアイデア、プロトタイプ、ピッチに膨大な関心を寄せる一方で、ビジネスの築き方を知る起業家の育成にはあまり関心を払っていない。
10億ドル(約1580億円)規模の企業を創出した起業家87人を対象とした筆者の研究では、技術的イノベーションを主たる強みとして構築した者はわずか約1%に過ぎなかった。圧倒的多数は、自らのベンチャー企業を立ち上げて支配するために、戦略と創業者兼CEOとしての能力に依存していた。
これら10億ドル(約1580億円)規模の企業を築いた起業家の中で、技術イノベーションが主な優位性であった者がこれほど少ないのであれば、起業家エコシステムは革新的な製品の発掘と資金提供にそれほど大きな重きを置くべきなのだろうか?
5. エコシステムは起業家ではなく「イノベーター」を育てているかもしれない
「イノベーションの誘惑」は、前述の通り大学、政府、企業を含む起業家エコシステムそのものを形作ってしまった可能性がある。
- ピッチコンテストはアイデアを評価・表彰する
- インキュベーターは製品とピッチを磨き上げる
- 投資家は最も大きなポテンシャルがあると信じるベンチャーを選別する
これらはすべて有用であり得る。しかし、新たなトレンドを認識して参入し、販売し、戦略的適合性を見出し、成長資金を調達し、競合優位性を構築し、離陸からその先へと率いることができる起業家を誰が育てているのだろうか?
イノベーション重視のエコシステムはこう問う。どのような有望な技術やアイデアを発掘し、資金提供できるか?
起業家重視のエコシステムはこう問う。自らの可能性を証明する能力と機会を持った起業家を何人育てることができるか?
しかし、起業家としてのポテンシャルを予測するのは困難だ。スティーブ・ジョブズがアップルへの資金調達を求めた際、約10人のベンチャーキャピタリストが彼を拒絶したと伝えられている。経験豊富な投資家でさえジョブズを見落とすのであれば、起業家エコシステムはポテンシャルの予測を起業家育成の基盤にすべきなのだろうか?
イノベーション重視のエコシステムはポテンシャルを探す。起業家重視のエコシステムは能力を育て、根拠(証明)を求める。
おそらく、イノベーションの誘惑における最大の危険は、われわれがイノベーションを起こしすぎることではない。イノベーションを開発することを、優れた起業家精神と勘違いしていることなのだ。
イノベーションから根拠の実証へ
その答えは、有望な技術への資金提供をやめることではない。イノベーションがあれば起業に成功できるとみなすのをやめることだ。起業家が革新的なプロダクトを持っているかどうかだけを問うのではなく、次のように問うべきである。
- どのような新たなトレンドが機会をより高めているか?
- どのような戦略的適合性が優位性を生み出せるか?
- 次に商業的に証明すべきものは何か?
- それを証明するために、どのような創業者兼CEOの能力が必要とされるか?
- その段階において、どのような資金調達手段と出資者が適しているか(それはベンチャーキャピタリストではないかもしれない)?
そうすることで、順序が「アイデアと資本」から「能力、戦略的適合性、根拠の実証、そして成長に適した資金調達」へと変化する。
筆者の見解:デルはPCを発明しなかった。ベゾスは本や小売、インターネットを発明しなかった。チェスキーは宿泊施設を発明しなかった。彼らは新たなトレンドを認識し、優れた戦略的適合性を見出し、それを実行する能力を磨いたのだ。
教訓は、イノベーションをやめることではない。発明と起業を混同するのをやめることだ。
- 起業家へ:イノベーションを開発することが事業の成功を意味すると思い込んではならない。適切なトレンドを見つけよ。能力を開発せよ。戦略的適合性を見出せ。優位性を証明せよ。競合他社より優れるよう実行せよ。
- 起業家エコシステムへ:革新的なアイデアの開発や発掘、どれが勝つかの予測だけに重点を置いてはならない。能力のある起業家を幅広く育成し、彼らが構築できるものを証明する機会を与えよ。
手に入れた根拠によって勝者を明らかにさせよう。イノベーションは重要だ。
しかし、イノベーションが会社を作るのではない。能力ある起業家が作るのだ。



