人工知能(AI)はあらゆるものを変えつつあり、マーケティングも例外ではない。AIが数百万ものデータポイントからパターンを識別し、顧客行動を予測し、キャンペーンをパーソナライズし、瞬時にコンテンツを生み出すことができるマーケティングの領域で導入が進んでいるのは、当然のことと言える。
しかし、自社のマーケティングを機械に丸投げできると考える企業は誤っている。AIはマーケティングの仕組みを自動化できるが、顧客の心をつかんだり、信頼を勝ち取ったりすることはできない。この違いは、ヘルスケア、銀行業務、金融サービスといった業界において特に重要だ。顧客はデータポイントに基づいて医師や弁護士を選ぶわけではない。彼らを信頼する必要があるのだ。こうした分野における「製品」には、信頼感があり、親しみやすささえ感じさせることが求められる。それはAIには不可能なことだ。
AIが進出する理由
とはいえ、AIはネガティブな存在ではない。マッキンゼーの試算によれば、生成AIは年間2.6兆ドル(約410兆円)から4.4兆ドル(約695兆円)の経済的価値を生み出す可能性があり、その約75%は顧客オペレーション、マーケティング・営業、ソフトウェアエンジニアリング、研究開発の4つのビジネス機能に集中している。
銀行業務を例に挙げてみよう。マッキンゼーの推計では、主に生産性の向上を通じて、年間で2000億ドル(約31兆6000億円)から3400億ドル(約53兆7000億円)の付加価値が見込まれている。これらの数値は監査を経た結果ではなく試算にすぎないが、金融機関やその他の規制対象組織がAIに多額の投資を行っている理由を端的に示している。
ただし、複数の企業のデジタルマーケティングに携わってきた筆者の経験では、最も生産性の高いAIの活用法は、顧客との関係の背後に位置する傾向がある。これには、リサーチや規制情報の統合から、ニーズや行動に応じたオーディエンスのセグメント化、メールの送信案の作成、スケジューリングの自動化まで、あらゆるものが含まれる。
モルガン・スタンレーの「AI Assistant」のようなツールを例に見てみよう。これはファイナンシャルアドバイザーに対し、約10万件の社内文書から構築されたナレッジベースへのアクセスを提供するものだ。OpenAIによれば、アドバイザーチームの98%以上がこの種のAIツールを積極的に活用しており、文書検索の効率は20%から80%に向上した。JPモルガン・チェースの「LLM Suite」はリサーチと生産性を支援する一方、顧客に関わる判断はアドバイザーに委ね、顧客向けの出力はすべて能動的な監督のもとで確認・精緻化される。これらは、AIがアドバイザーそのものになるのではなく、アドバイザーの情報基盤を強化する例の2つに過ぎない。
同じ論理はカスタマーサポートにも当てはまる。定型的な問い合わせや基本的なトラブルシューティングは、感情的な負荷が低く頻度の高いタスクであり、AIが独立して処理するのにまさに適している。筆者の経験では、こうしたタスクをAIに任せることに抵抗を感じない消費者が増えている。この原則に基づいて体制を構築することで、企業は、判断力が最も重要となる感情的な対応を要する案件に、人間のスタッフを専念させることができる。
信頼が損なわれるとき
AIは有益である一方で、信頼関係を築くべき場面に投入されると危険な存在となる。消費者はリサーチにAIを使うことには抵抗がないかもしれないが、人を信頼するのと同じようにAIを信頼しているとは限らない。例えば、クラビヨ(Klaviyo)の2026年「AI消費者トレンド」調査によると、AIを完全に信頼している消費者はわずか13%にとどまった。また、ブランドがAI作成のマーケティングコンテンツを配信した場合、そのブランドへの信頼度が下がると答えた人が39%に上り、返信が早すぎたり、フォーマルで機械的に聞こえたりすることでAIだと気づくケースが多いことも明らかになった。
その違いは、一対一のコミュニケーションにおいて特に顕著になる。AIが書いたありきたりの顧客の声を完璧に見せることはできるかもしれないが、読んだ人はその人物が実在するのか、実際にサービスを利用したのか、本当にそう言ったのか疑問を抱く。米連邦取引委員会(FTC)の偽レビューおよび証言に関する最終規定では、投稿者の実在性や体験を偽るAI生成レビューを禁止している。同じ原則は自動フォローアップにも適用できる。医学的診断に関するメッセージが自動送信されてくる場面を想像してほしい。あるいはロボット弁護士はどうだろうか。そうした仕組みを作ろうとする試みも存在した。2025年、FTCは自社サービスを「世界初のロボット弁護士」と称して宣伝していたDoNotPayに対し、最終命令を下した。同社は19万3000ドル(約3050万円)の罰金を科され、本物の弁護士のように機能すると主張することを禁止された。
クラビヨが引用したガートナー(Gartner)の2026年の調査によると、米国の消費者の半数が、顧客向けメッセージや広告、コンテンツに生成AIを使用していないブランドと取引することを好むと回答した。これは、顧客がAIを全面的に拒絶していることを意味するわけではない。しかし、彼らはチャットボットにありがちな、配慮に欠けた不適切なメッセージに嫌気がさしており、人間同士のつながりに大きな価値を置いているのだ。
「真実の瞬間」テスト
マーケティングのリーダーが何を自動化すべきかを判断する際には、シンプルなルールを推奨したい。顧客が「個人の情報やプライバシーが露出している」「感情的に傷つきやすい」「金銭的リスクに晒されている」と感じるような場面では、必ず人間を介在させることだ。すべてのタスクを手作業で行う必要はないが、やり取りに対する責任は人間が負う必要がある。
筆者の経験上、AIは感情的要素が低く、頻度の高い作業において最高のパフォーマンスを発揮する。定型的な情報提供のリクエストに応えたり、リマインダーを送信したり、基本的な比較を行ったり、広範なリサーチを実行したりすることができる。対照的に、医学的診断、ローン審査の決定、訴訟といった人生を左右する瞬間には、人間の関与が欠かせない。
マッキンゼーの研究もこの点を裏付けている。顧客は単に1回のやり取りがうまくいったかどうかだけでなく、その企業が複数のタッチポイントを通じて重要なニーズの解決に貢献してくれたかどうかで企業を評価する。だからこそ、人間をプロセスに介入させ続けることは、単なる倫理的配慮にとどまらず、賢明なビジネス戦略となるのだ。
責任あるAI
AIはマーケティングを再構築しつつあり、マーケターはAI利用において責任ある姿勢を持つ必要がある。そのため筆者は、すべてのユースケースを「信頼」に基づいて評価し、文書化された審査手順、明確な責任体制、エスカレーション経路を設けるべきだと主張している。システムについては、ハルシネーション(幻覚)、不適切なパーソナライズ、プライバシーの侵害、誤解を招く主張がないかテストを行うべきだ。
規制も同じ方向へ進んでいる。EU AI法の人間の監視に関する規定は自動化バイアスに対処しており、金融セクターの規制は、情報の出所にかかわらず、公正でバランスが取れ、誤解を招かないコミュニケーションを行う責任を企業に義務付けている。
筆者が考える戦略的機会とは、AIか人間かを選択することではなく、人間による対応の質を高めるためにAIを活用することだ。リサーチ、ターゲティング、予測、制作は自動化しても、責任は血の通ったマーケターの手に委ねておくべきだ。法律からヘルスケアに至るまで、高い信頼が求められる業界において最も重要なのは、テーブルの向かいに座る人物が「あなたの気持ちが本当によくわかります」と言う、まさにその瞬間なのだから。



