法案否決でも止まらない、米・金融オンチェーン化
だが、オンチェーン金融にとって悪い話ばかりではない。SECとCFTCは、法案成立が難しいのであれば、トランプ政権に残された2年余りの任期のうちに、次の大統領選で民主党に政権が移っても巻き戻しが利かないほど、金融のオンチェーン化に向けたルール整備を推し進めようとしている。9月15日の審議入り否決の後も、両者は新たな施策を相次いで打ち出しており、その動きはかえって加速している。
具体的には、SECは否決から2日後の9月17日、5年間のイノベーション免除制度(取引所としての登録を免除する措置)を発表した。これにより、トークン化された米国株を一定の条件のもとでオンチェーン取引できるようになる。SECはこれ以前にも、8月18日に暗号資産発行の枠組み案、9月1日にトランスファーエージェント(株主名簿管理人)ルールの改正案を出しており、法案の停滞を見越して準備していたことがうかがえる。
CFTCも9月17日、暗号資産市場の新ルール策定に向けた手続きを開始し、ホワイトハウスの審査に回した。並行して、ウォレット(利用者が自分で暗号資産を管理するアプリ)などの受動的なソフトウェア業者が、取次業者として登録しなくてもデリバティブ市場への接続を提供できるとするノーアクション・レター(一定条件を守れば当局が法的措置を求めないと示す文書)も発出。いずれもまさに、クラリティー法案なしにルール整備をしようとする動きだ。
日米オンチェーン格差の正体
米国の動向を踏まえ、日本はどのように動くべきだろうか?クラリティー法案が通らなかったため、米国における金融のオンチェーン化が後退する、という見方は間違いだ。前述の通り、SECやCFTCはむしろ、トランプ政権の任期中にオンチェーン化のルール整備を進め、実装を加速させるだろう。
日本では26年7月、暗号資産を金融商品と位置づける改正金商法が成立した。27年中に施行され、28年からは申告分離課税(※1)の導入も見込まれている。だが日本は、金融オンチェーン化の規模でアメリカに大きく後れを取っている。その理由は法整備の遅れではない。日本は、17年に暗号資産交換業登録制を、23年にはステーブルコイン法制度を導入するなど、むしろ法整備で先行してきた。後塵を拝しているのは、法整備後の社会実装だ。
米国では、オンチェーン金融のような新しい事業領域において、法律が整うのを待たずに事業者がサービスを始め、当局が免除措置や執行を通じて後から線を引いていく。いわゆる「事後規制型」だ。加えて、規制の枠組みが連邦と州、分野ごとに分かれており、事業者が自社に適した枠組みを選べる規制裁定も働く。
さらに、ドル建てステーブルコインには世界中に実需があり、その発行体は利用者から受け取った資金を米国債などで運用して金利収入を得られる。ステーブルコイン市場が拡大すれば、既存の金融大手もそれを無視できない。ブラックロックは、発行体であるサークルから準備資産の運用を受託しており、市場の拡大は運用報酬の増加につながる。一方、JPモルガン・チェースにとって、ステーブルコインは預金や決済の利用者を奪いかねない存在だ。そこで同社は、自らブロックチェーン上で預金トークンや決済網を提供し、その流れを取り込もうとしている。金融大手自身にも、オンチェーン化を進める理由があるのだ。
対して日本は金融のオンチェーン化について、業法ベースの事前規制と合意形成型の政策プロセスで、構造的にスピードを出しにくい。需要と収益の面でも、条件は厳しい。ステーブルコインの強みは、時間や国境を問わず、即座に低コストで送金できる点だ。米国では銀行間の送金に数日かかることも多く、この強みが生きる。一方、日本は即時振込が夜間・休日も使えるなど、国内の決済がすでに便利で、ステーブルコインに乗り換える動機が小さい。
金利も米国より低い。発行体の収入は、利用者から受け取った資金を国債などで運用して得る利息だ。金利が低ければ、同じ発行額でも稼ぎは小さくなる。円には、海外の人がわざわざブロックチェーン上で持つ理由も乏しい。金利が低く円安も続くなか、持っていても増えにくいからだ。加えて税制や振替制度(※2)などの摩擦も重なってくる。
※1 国内で取引される一定の暗号資産(金融商品取引法上の規制対象)の利益を、給与など他の所得と合算せず、一律約20%の税率で別枠課税する仕組み。現行は他の所得と合算して累進課税される。
※2 日本の上場株式や国債は、公的な台帳(振替制度)の記録で持ち主が決まる。ブロックチェーン上で取引しても台帳の更新が別途必要になり、即時性や低コストといった利点を生かしにくい。


