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2026.10.22 14:45

ラグジュアリーと相性のいい「ツール」とは?

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今回、展示のための作品づくりでは、普段の仕事と違ってゴールがないことにまず戸惑いました。自分がクライアントになったつもりで手を動かし始めると、どんどん別のものが出来あがっていく。それなのに、その結果に思った以上に満足している自分がいました。

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例えていうならば、赤いリンゴが好きで描こうと筆を取ったら、みどり色の洋梨になってしまった。でも洋梨の存在や香りのイメージのほうが、自分がつくりたいものには合っていると気づいた。そんな感覚に近いです。好きなものとつくりたいものは別の場所にあり、それはつくってみなければ、わからなかったことでした。「はじめに言葉ありき」。でも、そのはじめの言葉は途中で裏切られてもよい。だからこそ、「まずは口に出してみること」なのですね。

トークの最後、会場から質問がありました。「音楽にも映画にも詳しく、いつも『作りたい』と言うのにつくらない人に、何と言えばいいか」。緒方さんは、「良いものを見すぎると、目線だけが上がり、自分のつくるものを良いと思えない時間が長く続く」と答えました。

Snacks for Thoughtの共同ホストであるOtamaさんも、緒方さんの記事から「作者は最初の鑑賞者」という言葉を引き、「その鑑賞者が厳しいと何もつくれなくなってしまう」とコメントしました。もう一人の共同ホストEmilyさんは、「やったことのないものから始めるといい」と。デザイナーの彼女にとって、絵やグラフィックは自分でハードルを上げてしまうけれど、文章ならまだバーが定まっていなかった、と自分の展示作品を振り返りつつ、答えました。

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罫線や枠だけではなく、自分の中の「こうあるべき」という考えも、自由な創作にブレーキをかける「線」になりえる。私自身、いまだにこの線との戦いに悩みます。

そんなとき思い出すのは、イギリス留学時代に語学準備コースの担任だったアンディ先生です。ある日、ライティングの課題で長文を書く忍耐力がなく、箇条書きで提出してしまったことがありました。そんな回答に、先生は「主張はもうある。あとは書くだけだ」と高得点をくれたのです。まだ起きていない未来の調整込みの点数でした。怠惰だと叱られると思っていたら、良いね、もっと書いて、と背中を押された。アンディ先生は私に代わって「最初の優しい鑑賞者」をつとめてくれたのです。

区切りをつける採点者よりも、背中を押してくれる最初の鑑賞者。人の気持ちに区切りがないのだとしたら、ラグジュアリーを構想する場にこそ、そういう目が必要なのかもしれません。他人の未完成を通過点として見るには、自分も「つくる」と「わかる」の両方を往き来していなければならない。そうなると、たまには使ったことのない道具やツールでものごとを考えてみる、というのはそのバランスを保つひとつの手かもしれませんね。

安西さんの問いに、道具の話で答えたつもりでしたが、気づけば採点の話になっていました。赤いリンゴのつもりが、洋梨ですね。

文=安西洋之(前半)・前澤知美(後半)

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