2017年6月、ウクライナ国防省情報総局(HUR)のマクシム・シャポバル大佐(当時)が、首都キーウで自動車爆弾により殺害された。シャポバルはウクライナと米中央情報局(CIA)のインテリジェンス(情報)協力関係の構築に貢献し、ロシアに対する秘密作戦にも従事していた。死後、少将に昇進した。9年後の2026年7月27日、ウクライナの情報機関は、シャポバルの車に爆弾を仕掛けたとされるオレフ・シュトフを追跡の末に殺害したと報じられている。
シュトフは、自称「ドネツク人民共和国(DPR)」の国家保安省特殊作戦センターの将校だった。HURの退役大佐であるビタリー・オスタプチュークは筆者の取材に応じ、同省はロシアの情報機関と緊密な関係にあると語った。ウクライナ保安庁(SBU)は2019年4月、シャポバルを死亡させた爆弾を仕掛けたのはシュトフだと公に名指ししていた。
ウクライナメディアの「LB.ua」は今年9月7日、ウクライナの情報機関がロシア占領下のドネツク市内でシュトフの車に爆発装置を設置し、起爆させて彼を殺害したと報じた。LB.uaの取材源によると、この作戦は実行チームが占領地域から無事に帰還するまで、公表が控えられていた。筆者はHURにコメントを求めたが、返答はなかった。
「この作戦の本質は、マクシム・シャポバルの暗殺という積年の借りを返すものだったと言えるでしょう。シャポバルはHURの精鋭部隊である『2245部隊』を率いたひとりでした」。米国の防衛コンサルティング企業Valoryx Group(バロリクス・グループ)の共同創業者であるダグラス・デイビスは筆者にそう解説した。
2014年にロシアが侵攻を始めた時点で、ウクライナの情報機関はソ連崩壊後の20年にわたる衰退で組織としての力を大きく失っていた。当時、SBUの防諜部門を率い、その後HURの総局長に就いたバレリー・コンドラテューク将軍が中心となり、CIAの協力関係を築くことになった。
CIAは当初、ウクライナとの協力関係に懐疑的だった。だが、ロシアに関する貴重な情報の提供を受けるにつれて関心を強めるようになった。2001年9月11日の米同時多発攻撃後、米国の情報機関は中東に重点を移しており、ロシアの優先順位は下がっていた。



