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SMALL GIANTS

2026.10.23 11:30

売らない決断で国内シェア90%を達成した流機エンジニアリングの勝算

西村聡|流機エンジニアリング

「なんとかする力」

西村は就職氷河期に新卒で入社した。面接では話もさせてもらえず、打ち切られたこともある。内定先は工場の歯車のような仕事ひとつだけ。悩む息子の背中を押したのは父だった。「種子島に行けば土日は休みで、釣りし放題、酒も飲み放題だぞ」。流機エンジニアリングに入社して最初の現場は、人工衛星の保護カバーを納品していた種子島宇宙センターだった。ロケットの打ち上げを中心に仕事が回る種子島の現場は、初日から徹夜。「だまされたと思いました。島から東京に向かって『こんちくしょー』と心のなかで叫びました」。

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現場から戻ると市原工場(千葉県市原市)に配属となった。工場長と相部屋でホテル住まいをしながら、装置の設置作業やトラブルシューティングに従事。週末に洗濯のためだけに自宅に帰る日々を過ごした。

家業を継ぐのは兄のはずだった。一度は「この会社に入る気はない」と家を出た兄だが、のちに入社し、14年に社長に就いた。一方、西村は現場で新製品開発と新事業開拓の道を突き進んだ。ところが20年、兄が血液のがんで余命宣告を受け、1年後に急逝する。西村は副社長として社長代行を務めながら、中期経営計画をまとめ上げた。「経営をやったことがないから、財務の数字をどう読めばいいのかもわからない。わからないことは素直に聞いて、社内の皆さんに支えてもらいました」。

コーポレートサイトの社長メッセージに自筆で書かれた「なんとかする力」は、現場で困難にぶつかるたびに、自らの意思で突破してきた社風を表す。まずやってみて、あとから計画を磨く。西村はそれを計画(Plan)から入るPDCAではなく、まず「Do(実行・記録)」から始める「DoCAP」と呼ぶ。

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今、見据えるのは、工場排水を限りなくゼロにして水を循環させる技術だ。「傷を負った環境に手当てをして、改善した状態で未来に継承したい。少なくとも今できることはやろうと思うんです」。作業員の健康を守ってきた小さな巨人は、地球の水と空気を守る挑戦へと歩みを進めている。


西村聡◎流機エンジニアリング代表取締役社長。1996年に技術職として入社。現場と営業の両部門を経験し、環境修復事業や水処理事業など新たな事業領域の開拓を牽引。顧客の「できたらいいな」の実現を追求し、パーパス「最適環境の創造」のもと、環境・社会課題の解決と次の50年を見据えた価値創造に取り組む。

文=中居広起 写真=平岩 享

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