このように結果が一致しない理由の一つとして考えられるのは、「髪の毛の色」が、人を分類する方法として不完全だという点だ。見た目は同じような赤毛の人が2人いたとしても、それぞれが持つ遺伝子のバージョンが異なる可能性はある。また、見た目は全く赤毛ではないが、赤毛の要因となる変異がある遺伝子を持っているケースもある。
また、痛みの種類が違えば、それが通る神経回路も異なる。そのため、ある種類の痛みに関する研究結果が、別の痛みには当てはまらない、とうこともあり得るだろう。
患者自身にとっては一大事に思えるかもしれないが、これは実はそれほど深刻な話ではない。麻酔科医は決まった量の麻酔を投与し終えたら、手術室から去ってしまうわけではない。実際の手術の場では、それぞれの患者の状態を緊密に見守り、様子を見ながら投与量を調整していく。こうした形で、麻酔の効きやすさに関する個人差の問題には、すでに手が打たれているのだ。
とはいえ、赤毛の人で、麻酔が早いうちに切れてしまう、あるいは効きにくいという問題を抱えているなら、施術を受ける前に医師や歯科医にそのことを伝えておくのは意味があることだ。
麻酔と赤毛遺伝子の関係が持つ、より大きな意義とは
この件について筆者が最も興味深いと感じるのは、MC1Rに対する科学者の認識を大きく変えた点だ。この遺伝子は長いあいだ、色素に影響を及ぼすものの、それ以外の点では重要性がないものとして扱われてきた。しかし今やこれは、ホルモンネットワークの一角を担い、痛みの感覚を含む、体の複数の部位に影響を及ぼしていることが判明しつつある。
ただし、そもそも一部の人口集団で赤毛がより多く発生するようになった理由は、いまだに判然としない。広く議論されている説としては、皮膚の色が薄いことで、曇りの日が多い北の地域でも、少ない日の光で十分なビタミンDを生成できたから、というものがある。赤毛は、あくまでそれに付随して発生した特徴だというのだ。
この説が正しいとすれば、麻酔の効き方に及ぼす影響は決して本筋ではなかったことになる。これは、麻酔薬をはじめとする現代医療が登場するはるか前から、日の光という要因によって形作られた形質であり、麻酔に関する体質はそこから派生して生まれたものだ、ということになるからだ。


