キャリア

2026.10.14 07:28

「ソフトスキル」と呼ぶのはもうやめよう AI時代に価値を増す人間の力

Adobe Stock

Adobe Stock

AI時代に新卒者に何を求めるかを雇用主に尋ねると、返ってくる答えは、まさに「よき市民であること」の条件とよく似ている。

テクノロジーがエントリーレベルの雇用市場を一変させるなかで、雇用主たちは一貫して同じことを口にする。コミュニケーションが取れ、同僚と協働でき、複雑な問題を考え抜ける人材が必要だ、と。これらは、チャットボットやロボットがいずれ何を習得しようとも、価値を失うことのない基本的な人間的スキルである。

これらを「ソフトスキル」と呼ぶのはもうやめにしよう。これらは本来、大きく活気ある国で他者とともに働き、生きるための基礎的な素養なのだ。経済の未来にとっても市民生活にとっても重要であり、学生には経験を通じてこれらを磨く機会が十分に必要である。

市民的スキルは人間的スキルである

若者には、伝統的な市民知識と同じくらい、現実世界での市民的実践が必要だ。市民生活への効果的な準備とは、三権分立や権利章典を暗記することだけではない。もちろんそれも大切だが、市民的準備とは、生産的な対話を重ね、信頼できる情報を活用し、自分とは背景や政治的立場が異なる人々とも協力して有益なことを成し遂げる経験を繰り返すことだ。大学は民主主義を、教科書で教わる抽象的な理念としてではなく、実践を通じて築かれる日々の習慣として扱わなければならない。

こうした習慣は政治をはるかに超えて広がっている。それは人々が意思決定をし、意見の相違を乗り越え、困難なことを共に成し遂げる方法そのものだ。優れた学生、よき友人、思いやりある伴侶の習慣でもある。

そしてまさに、雇用主が新卒者にはなかなか見出せないと語るスキルでもある。全米大学・雇用主協会(NACE)の報告によれば、採用担当者が重視するのはGPAや専攻よりも、チームで働き、現実の課題を解決し、明確に伝えた実体験である。これらのスキルはAI時代にこそ重要性を増している。情報は豊富でも、見識や対人関係のスキルは依然として希少だからだ。

職場は、異なる背景を持つ人々が集められ、共通の目標のために違いを脇に置くことを期待される数少ない場所の一つである。それに慣れるには練習が必要だ。それこそが、堅実な市民教育が提供すべきものである。

市民的準備とキャリア準備は相互に補強し合う

大学のリーダーたちは、市民的準備とキャリア準備が競合する優先事項ではないと気づき始めている。うまく行えば両者は互いを補強する。疑わしい主張を評価し、難しい対話を乗り切り、意見の相違を越えて協働することを学ぶ学生は、公的生活にも職業生活にも備えができているのだ。

College Presidents for Civic Preparedness(市民的準備のための大学長会議)が3年前に発足したとき、賛同するリーダーは数十人程度と見込まれていた。だが今日では、小規模なリベラルアーツ・カレッジからコミュニティカレッジ、州立の旗艦大学まで、140人を超える学長が、市民的スキルを大学生活の中心に据え直すことを約束している。

「これらのスキルは日常生活に不可欠だ」とメイン・コミュニティ・カレッジ・システムのデービッド・ダイグラー学長は語る。「不可欠な人間関係のスキルだ」。これらは、歴史愛好家だけが興味を持つような単発のワークショップや選択科目に追いやられるべきではない。中核カリキュラムと大学生活そのものに組み込まれ、全学生が準備を整えて卒業できるようにしなければならない。ダイグラー氏はあらゆるプログラムの教員に対し、難しい対話を授業に組み込むよう働きかけている。訪問介護士、配管工、警察官も、仕事の一部として緊張を伴う敬意ある対話を日常的に行っているからだ、と彼は指摘する。

長らく大学は、市民学を埃をかぶった義務のように扱ってきた。高尚な議論の領域、羊皮紙に書き記された原則の世界、というわけだ。あまりに多くの学生が、民主的参加を特別な出来事――選挙の日や抗議の瞬間のためのもの――と考えている。

市民的スキルを職業スキルと結びつけることで、民主主義の素養はより生き生きとした、より身近で日常的なものになり得る。学生には公的生活とつながる具体的な道筋が必要であり、彼らの市民的本能をキャリア上の志と結びつけることでそれを実現できる。これは、民主主義は壮大な知的コミットメントであるだけでなく、米国の日常文化でなければならないという建国世代の信念と響き合うものだ。アレクシ・ド・トクヴィルは『アメリカのデモクラシー』で次のように述べている。「真の知識は主に経験から得られる。もしアメリカ人が徐々に自治に慣らされていなかったら、書物の学問は彼らの大きな助けとはならなかっただろう」。

若者は現実世界での市民的実践を望んでいる

C&Sでの長年の調査と若者たちとの協働を通じて、若者が市民生活に関与するためには、それを体験する必要があるという考えが裏付けられている。若い米国人は国の方向性に冷めているわけではない。周囲の激しい対立に、当然ながら疲弊しているだけだ。彼らは市民生活から離脱したのではない。より良く、より建設的な関与を求めているのだ。

C&Sの調査によれば、Z世代の10人中9人が自分のコミュニティに責任感を抱いており、10人中8人近くが重要な問題について対面で話したいと考えている。一方、オンラインでコメントや議論に加わりたいという人は半数に満たない。

彼らが育ってきたソーシャルメディア環境を考えれば、これは市民的健全性のしるしだ。彼らが求めているのは、オンラインの論評や党派的な怒鳴り合いではない。本物の対話と、現実世界のプロジェクトだ。それこそ、大学、そして職場が提供できる類の経験である。

これらのスキルは今後も求められ続ける

4カ月後の経済がどうなっているかさえ、誰も自信を持って予測できない。ましてや4年後はなおさらだ。卒業生に必要とされる技術的スキルは、産業の盛衰とともに変化し続けるだろう。だが、人の話を聞き、情報を判断し、人を説得し、協働し、他者と問題を解決する力は、いつまでも必要とされる。

これらはソフトスキルではない。単なる職業スキルでもない。米国人の生活にとって鍵となるスキルであり、常に求められ続けるものである。

(forbes.com 原文)

タグ:

advertisement

ForbesBrandVoice

人気記事