AIが顧客の解約リスクを予測したら、どんな対応を取るべきか?
AIモデルが価値を生むのは、予測結果を日々の業務で使って初めてのことだ。業務への組み込み、導入、本番稼働など呼び方は違っても、重要なのはAIの予測を具体的な行動につなげることである。例えば、顧客から次のような苦情が届いた場合、企業は対応方針を決めなければならない。
「アカウントを一元管理するポータルに重大な問題があり、現在は停止しているようなので報告します。障害のためアカウント設定にアクセスできず、大変困っています。異なるブラウザーや端末から何度もログインしましたが、問題は解消しません」。
給与計算サービスのような法人向け事業なら、解約を思いとどまってもらうため、利用料金を250ドル(約3万9500円)割り引く方法が考えられる。解約しそうな顧客を正しく選び、利用継続を決めてもらえれば、その顧客から将来平均700ドル(約11万600円)の純利益を得られるかもしれない。
苦情を述べた顧客が本当に解約するつもりなのかは、文章だけでは明確に判断できない。そこでAIを使って解約の可能性を予測する。正解か不正解かを即座に断定するのではなく、解約する確率を推定する仕事であり、予測AIが適している。
解約確率が80%か60%か、割引する基準はどう決める?
Jevをはじめとする判断モデルや一般的な機械学習モデルは、顧客が解約する確率を算出できる。問題は、その確率が何%を超えたら割引を提示するかという「しきい値」の設定だ。解約確率が80%を超えた顧客だけに250ドル(約3万9500円)の割引を出すべきなのか。それとも60%を超える顧客まで対象に広げるべきなのか。もともと解約するつもりがなかった顧客に割引を出せば、1件当たり250ドル(約3万9500円)の売上高を失う。
しきい値を感覚だけで決めるのは重大な間違いだ。大量のデータを使ってAIで予測しても、最後に勘で割引対象を選んでいては意味がない。解約確率が90%なら十分に確からしく見えるかもしれないが、何%が適切かは事業の収益構造によって異なる。割引で顧客を引き留めた場合の利益と、不要な割引による損失を数値で比較してこそ、客観的な判断ができる。Jevの対話型解説でさえ、確率のしきい値に注目するばかりで、割引などの業務が生む事業価値を考慮していない。
割引する顧客の割合と利益を示す「利益曲線」
大半のJev活用プロジェクトに欠けているのが、利益曲線という考え方だ。予測AI全般でも十分に活用されていない。解約確率が高い顧客から順番に割引を提示すると仮定し、対象人数と推定利益の関係を曲線で示す。横軸は割引を提示する顧客数や全体に占める割合で、左側ほど解約リスクが高い。縦軸は、顧客維持で得られる利益から不要な割引による損失を考慮した推定純利益を表す。
例えば、Jevが予測した解約確率の高い順に、顧客の上位10%へ割引を提示すると、推定純利益は約450万ドル(約7億1100万円)になる。公開された人工的なテストデータに含まれる顧客メッセージ1万件を基に、50万件のメッセージを扱う事業を仮定して計算した結果だ。適切な相手に割引を提示して顧客を引き留められれば、1件につき平均700ドル(約11万600円)の利益が得られるとする。反対に、解約するつもりのない顧客への割引は、1件につき250ドル(約3万9500円)の売上損失として計算する。
解約リスク上位17%への割引で利益最大、46%では収支ほぼゼロ
さらに積極的に割引を提示するなら、解約リスクの高い顧客から17%まで対象を広げると、推定利益は520万ドル(約8億2160万円)に達する。この条件では利益が最大になる。対象を増やすほど解約リスクの低い顧客も含まれ、不要な割引を出す回数が増える。それでも、増えた顧客維持による利益が損失を上回る間は、対象を広げる価値がある。予測AIの利益曲線には通常、対象を絞りすぎず、広げすぎもしない最適な範囲が存在する。
企業によっては、利益よりも顧客数を増やすことが優先される。既存顧客の維持は、まったく新しい顧客を獲得するより費用効率が高い場合が多い。割引対象を46%まで広げると、この試算では推定利益がほぼゼロになる。割引による損失と顧客維持の利益がほぼ釣り合う水準まで対象を広げれば、収支をほぼゼロに保ちながら、できるだけ多くの顧客を維持できる。
利益を示せない予測AIは、本番導入の承認を得にくい
予測AIプロジェクトを動かす基準は、正解率ではなく、金銭的な利益などの事業指標であるべきだ。予測AIの分野では何十年も、正解率、適合率、再現率など、事業価値を十分に表さない技術指標を中心に性能が評価されてきた。しかし、事業価値を数値で示せなければ、目標も明確にならず、導入の承認権を持つ経営・事業責任者に利益の可能性を説明できない。そのため、予測AIの多くは実運用に至らない。


