ロボットはどれほど賢いのか
細かなデータからであれ実際の経験からであれ、世界についての詳しい内部モデル(周囲の世界をロボット自身が内側に描いた見取り図)を作り上げなくても、ロボットは物理的な世界をよく理解できるのか。私は2人にそう尋ねた。
ウェッツスタインは、自ら「苦い教訓」と呼ぶものを挙げ、理解しようとすることの限界を語った。
「誰だって賢くありたいものです」とウェッツスタインは言う。「何が起きているのかを理解し、解釈したい。周りの世界を、はっきり解釈できる形で再構成したほうがよいと、誰もが考えます。ところが、現実の世界のように雑然として複雑な環境では、データ量やモデルの規模に応じてうまく性能が伸びていく学習型の手法のほうが、いわば工学的な手法や、経験則に頼る手法を、多くの場面で上回ってしまう。そのことが何度も示されてきました。フィジカルAIのシステムにも同じことが言えると思います」。
「タスクによっては、世界をそれほど精緻にとらえる必要はないかもしれません」とパボーネは付け加えた。「そうであれば、とりわけ複雑な世界のとらえ方を学習する必要もない、というのは理屈が通っています。ですが、実際に価値を生むタスクの大半では、たとえば製造や石油・ガス設備の点検などを考えると、やはり周囲の状況をかなり精緻に理解している必要があります。自分の行動に対して世界がどう反応しうるかも、理解しておかなければなりません」。
安全基準で規格化された倉庫なら、手元の地図を使えば済む
現在のフィジカルAIを取り巻く状況全体について、ウェッツスタインは「さまざまな実験が行われているところです」と話した。
そのうえで、ロボットが物理的な空間を自ら詳しく理解しなくてもよさそうな場面の例として、すでに地図がある場合を挙げた。
「倉庫を思い浮かべてください。その倉庫の地図が実際に手元にあるとします」とウェッツスタインは言う。「倉庫は安全基準に沿って建てられ、スロープがあり、勾配には上限が決まっている、といった具合です。きわめて標準化された環境なのです。倉庫の運営者は、走り回っている小さなロボットを1台残らず……追跡できる地図を持っているでしょう。地図はあるわけです。その環境にロボットを送り込むのなら、その地図を使えばいいではありませんか。リアルタイムでゼロから学習させる理由はありません」。
試験と訓練を重ね、人を傷つけないことも確かめるシミュレーション
話はシミュレーションにも及んだ。
「シミュレーションは、自律システムの開発プログラムのなかで、さまざまな使い方ができる道具だと考えています」とパボーネは言う。「まずテストです。ロボットを制御するために作ったポリシー(状況に応じてロボットがどう動くかを決める規則)がよいものかどうか、現実の世界で実際に試す価値があるかどうかを見極めます。次に学習です。意思決定の方策をシミュレーション環境で実際に学習させれば、開発プログラムのコストを抑えられます。そして検証です。要するに、ロボットが正しいことをし、誰も傷つけないという確信をしっかり固めるためです。これは自動運転や産業用ロボットのように、安全が何より重要な場面ではとくに大切です」。
床の滑りやすさや物体の重さ、観測しにくい要素をどう捉えるか
ウェッツスタインは、いくつかの種類のリスクを挙げた。
「簡単には観測できない変数がたくさんあります」とウェッツスタインは言う。データモデルに含まれていない場合の例として挙げたのは、物体の色や床の滑りやすさ、物体の重さなどである。
「そこが課題の1つなんです」とウェッツスタインは続ける。「観測できないこうした物理的なパラメーターの状態を、1つひとつ明示的に推定しようとすれば、誤りが起きやすくなります。だからこそ、従来の手法の多くは、周囲の状況の認識や3次元のコンピュータービジョンなどでさえ、こうしたパラメーターをすべて推定しようとして誤りを犯し、誤った推定に基づいて判断を下すことになる。そこが難しいところだと思います」。
センサーから得た生の情報で一貫して判断──高性能なセンサー作りがきわめて重要
複雑なシステムについて、ウェッツスタインはさらにこう語った。
「要するに、センサーから得た生のデータそのものを状態の表現とみなし、それに基づいて、エンドツーエンドで(センサーの入力から判断までを、1つの仕組みで通して)判断を下すわけです」とウェッツスタインは言う。「取り組むタスクが何であれ、そのために、より質の高いデータが得られるよりよいセンサーを作ることが、きわめて重要です」。
視覚と自らの姿勢を知る感覚を組み合わせ、用途に合う兼ね合いを探る
私は、『五次元世界のぼうけん』(A Wrinkle in Time)で知られる米国の作家マデレイン・レングルの作品を引き合いに出しながら、ロボットがその次の段階に進むには、さらに別の感知能力が必要なのかを尋ねた。
ウェッツスタインは、こう答えた。「魔法のような決め手があるのかどうか、私たちが目指すべき確かな目標があるのかどうかは、わかりません。ロボットが持っているのは、視覚のセンサーだけではありません。固有受容感覚(体の各部の位置や動きを感じ取る感覚)も持っています。つまり、自分の内部の状態はわかっているのです。ふつうは、それぞれのアクチュエーター(関節などを動かす駆動装置)と、その設定値を測れるからです。コンピュータービジョンで、自己視点の姿勢推定(自分に付けたカメラの映像から、自らの位置や姿勢を割り出すこと)もできます。ですから、ロボットは自分が空間のどこにいて、各部品がどこにあるのかがわかるのです。周囲の環境は主に視覚で感じ取りますが、ほかの感覚も使える、と言えるでしょう」。
「結局のところ、最大の課題は、用途に合わせて、何を取り何をあきらめるかの釣り合いを見極めることです」とパボーネは言った。


