「自分は重要ではない」という感覚は、孤独感や自己価値感の低さとも密接に結びついており、これは現代生活が快適であるにもかかわらず、奇妙な空虚さを感じさせる理由を説明しているのかもしれない。幸福を直接追い求めても、この問題が解決することはほとんどない。学術誌『Current Opinion in Behavioral Sciences』に2021年に掲載されたレビューでは、幸福感を強く重視する人ほど、かえって幸福感を実感しにくくなることが示唆されている。なぜなら、ありふれた日常が、自分の行いを試す場のように感じられるからだ。
幸せな人生が意味あるものになるには
朗報もある。「自分は価値ある存在」という感覚は、日常の小さな積み重ねによって築かれる。誰かに頼られたとき、何かに貢献したとき、そして他の人の存在に気づき、自分の存在も相手に気づいてもらったときに育まれていく。助言が欲しくて電話をかけてくる友人、自分の判断を頼りにする同僚、毎朝挨拶を交わしてくれる近所の人。これら全てが「自分は価値ある存在」という感覚として心に刻まれる。
これは大いなる目的を見つけるという話ではない。1日の終わりに自分に投げかける問いを、「今日は幸せだったか」から「今日は誰かにとって重要な存在だったか」へと変えるということだ。そして、「自分は価値ある存在」という感覚は双方向に働く。誰かに「あなたの存在は違いを生んでいる」と伝えることは、その人に人生の意味を与える最も直接的な方法の1つだ。
哲学者たちは何千年もの間、人生の意味について議論を重ねてきた。そして、心理学はその論争に決着をつけていない。だが、日曜の夜に抱く問いに対して、心理学は実践的な答えを示している。充実した人生とは、毎日が心地よく感じられるものではない。明日あなたがいなくなったら、それは誰かにとって大きな違いを生む。そういう人生のことだ。


