皇族に、人権はあるのか
皇族には憲法の人権規定がそのまま及ぶわけではない、というのが通説だ。だが、憲法上の例外であるなら、なおさら制約は必要最小限にとどめ、本人の意思を確かめる手続きを丁寧に整えるべきだろう。ところが今回の改正では、新しい制約も加わった。
これまで皇室会議の議(審議・決定)を必要としたのは「皇族男子」の婚姻だったが、改正後は原則として「皇族」の婚姻が対象になる。憲法第24条は「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立」すると定めている。この原則との距離は大きくなった(現在の女性皇族には、結婚と同時に皇籍を離れる場合の経過措置がある)。
養子の対象は「15歳以上」で配偶者と子がいない男子。未成年者の縁組に家庭裁判所の許可を求める民法の規定は適用されず、15歳以上の内親王・王・女王が「その意思に基き」皇籍を離れる道を定めた規定(典範第11条第1項)も、養子には適用されない。本人が同意するのだから問題ない、という声もあろう。だが15歳で入口の同意はできても、出口を自ら求める道は閉ざされている。職業も居住も発言も、そこから先は事実上、大きく制約される。
しかも当事者は、この制度を語れない。憲法第4条は「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない」と定める。自らの地位に意見を述べれば、それ自体が政治的な発言になる。皇族もまた、象徴を支える立場として政治的な発言を控えることが求められてきた。
だから天皇は6月の会見で、制度の中身には触れず、「国民の皆さんの理解が得られるものとなることを望んでおります」と述べた。その言葉は主権者である国民に向けられている。秋篠宮も8月、「私も生身の人間ですから色々と思うところはもちろんあります」と語りつつ、制度への言及は控えた。昭和史研究家の保阪正康は、皇室の人々は「直接話法」を使わないと指摘する。
ただ、「天皇は政治的な発言をしない」という原則だけでは片側しかない。憲法第3条は「天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ」と定める。責任を負うのは政治の側だ。天皇を政治から切り離すなら、政治もまた、天皇を自らの正統性の後ろ盾として使ってはならない。二つの原則はセットで初めて成り立つ。保阪も「天皇を政治的に利用してはいけない」と語っている。
語れない人の地位を、語れる側が多数決で書き換える。そのとき政治には、利用と受け取られないだけの自制と、熟議を尽くす責任が、いっそう重くかかるはずだ。
国連の勧告と、日本政府の「削除要求」
国連の女性差別撤廃委員会(女性差別撤廃条約〈CEDAW〉の履行を審査する専門家委員会)は、2024年10月の日本政府に対する最終見解で、「皇統の男系の男子のみが皇位を継承することを認めることは、条約第1条及び第2条並びに条約の目的及び趣旨と相容れない」(内閣府仮訳)とし、「皇位継承における女性と男性の平等を保障するために皇室典範を改正するよう」勧告した。第1条は女性差別の定義、第2条は差別撤廃義務の条文だ。
日本政府は、皇室典範の規定は委員会の権限の範囲外だと主張し、公表後は「強く抗議」して記述の削除を申し入れた。2025年1月には、国連人権高等弁務官事務所への任意拠出金の使途から、同委員会を外すと伝えた。皇位継承は国の根幹にかかわり、国際機関が口を出すことではない、という考え方もあるだろう。だが委員会が問うたのは皇位そのものではなく、性別による区別であり、その条約を批准したのは日本自身だ。国際的な人権監視に資金の使途で応じる選択には、政府の論理とは別の重さがある。
この経緯も長くは議論されなかった。皇室報道は儀式や公務を伝えても、制度が個人に課す制約はめったに見出しにならない。


