スポーツ

2026.10.03 15:15

無条件に愛されるヒーローではない。ズベレフの「気づかなかった勝利」

9月の全米オープン男子シングルス決勝戦で優勝したアレクサンダー・ズベレフ(Photo by Matthew Stockman/Getty Images)

逆風を受け止め、引き寄せる

このスピーチをビジネスやリーダーシップの視点から見たとき、最も評価すべきは、歓喜の表現そのものではない。むしろ、自分に向けられた「逆風」をいかに受け止め、自らの品格(クラス)へと変えたかという一点にある。

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「逆風」は、コート内だけではなかった。表彰式の直後、ESPN(米スポーツ専門メディア)の実況を締めくくったのは、テニス界のレジェンドであるJohn McEnroeの一言だった。

彼はZverevが優勝した後にもかかわらず、(本大会の本命と目されていたが体調不良などで離脱・敗退した)AlcarazとSinnerに向けて「早く回復して戻ってきてほしい」という趣旨のコメントを残した。これがまるで「本当のトップ2はまだ戻っていない」と言わんばかりの発言だとして、視聴者や他の解説者から強い批判を浴びた。優勝を称えるべき瞬間に、その称賛の座を奪われたような場面である。

Zverevは、こうした空気の中でスピーチに臨んでいた。地元アメリカの新星である対戦相手・Sheltonに全面的な称賛を送り、彼こそがこれからのテニス界を背負う存在であることを惜しみなく認めた。

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そして観客に対しても、その場の空気が自分に向けられたものではなかったことを率直に認めながら、感情的にならず、スタジアムの空気を受け止め、自分の側へとそっと引き寄せ直している。

この日のZverevを、先の映像でもう一度見てほしい。彼が身にまとっていたのは、優勝決定戦の時のままの、アディダスの薄いピンク色のTシャツ。濃いマルーンのショーツに、Tシャツと同色のソックス。真っ白でも真っ黒でもない、彼自身の肌や髪、瞳の色を引き立てる、やわらかいトーンだった。

ピンクという色には、筋肉の力みを緩め、見る者の緊張も同時にほどく心理的な作用があると言われている。アウェイの地で、多くの観客がベンを応援し、実況までもが不在の優勝候補たちに言葉を割くという環境の中、この淡いピンクは、聴衆を刺激しすぎることなく、彼自身のペースで喜びを柔らかく伝える助けになっていたはずだ。言葉だけでなく、身にまとう色そのものにまで、同じ姿勢が滲み出ていた。

さらに言えば、Zverevは自分が誰からも無条件に愛されるヒーローではないこと、これまで幾度となく疑問の目や批判に晒されてきたことを、本人もよく理解している。それでもなお、この日のスピーチで彼が語ったのは、自慢でも自己弁護でもなく、ここに至るまでの努力と、支えてくれた周囲への感謝だった。誇示するのではなく、謙虚さと矜持を保ち続けたことで、言葉に強い重みが生まれていた。

これは、危機管理の場面におけるスピーチのお手本のような構造でもある。逆風や批判そのものを否定したり、無視したりするのではなく、まず受け止め、その上で自らの努力と品格(クラス)によって場の空気を変えていく。

ビジネスの現場で言えば、逆境や批判に晒された経営者やリーダーが、壇上でいかに誠実に、そして他者を立てながら語れるかという、ブランドの評価と信頼の立て直しそのものである。

文=日野江都子

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