その達成のために、金子さんは音楽と社会を結びつける活動をしていきたいと言う。あえて彼は、ハンガリーが誇る世界的作曲家でピアニスト、そして金子さんが学んだリスト音楽院を創設した教育者でもあるフランツ・リストを例に出して、自分は21世紀のリストになりたいと言う。
「リストは、自分の中で思い描いたことを、何年かけてでも絶対に形にした人でした。そのおかげでいろいろなことが確立され、歴史のページがどんどん開かれていきました」
史上初めてチャリティコンサートを行ったのはリストであると言う。そして、ピアノリサイタルという形式を確立したのも彼だったと。当時のヨーロッパには劇場がまだ少なく、オペラやオーケストラの公演は地方都市では実現できなかった。そこになんとか音楽を届けるためにリストは工夫をした。
「旅芸人のように、持ち運びできるピアノと、それを乗せられる馬車を開発させて。一人でとにかく各地を回って、一人で完結できる持ち運びが簡単なコンサートを作ったのです。だから、リストには編曲した曲が多いです。いろんな作曲家の曲を聴かせたかったから。それがリサイタルの始まりでした。各地で革命が起き始めた時代でもありますから。音楽が持つ争いを避ける力を、きっとリストは信じて、あらゆる形で人々に伝えていったのかな」
演奏には、その演奏で何を達成したいかという目的がある。単に舞台に出てきて演奏をして帰る、ではない。それが金子さんの言う「社会における音楽家像」だった。
もっとも、金子さん自身は自分の道が唯一の正解だとは決して言わない。むしろ逆である。
「今、僕にできることは、まだその世界に入っていない方々に、音楽にはいろいろな世界があると見せることかなと。1番線の列車はこうですが、5番線からも素敵な列車が出ていて、ちょっとスピードは遅いかもしれないし、各駅停車かもしれないけれど、なかなか綺麗な行き先があったりもしますよ、というのを」
正解は一つではない。それを言葉で語るだけでは、伝わらない。実際にやっている人を見なければ、人は納得しないからだ。だから彼は、目的をはっきりさせながら自分が弾き続けることも大事だと考えている。
10月18日の午後4時から、東京オペラシティ コンサートホールで行われる彼のリサイタルにも、ストーリーがある。このホールは、少年だった彼が生まれて初めて訪れた東京のコンサートホールであり、感動した場所だった。あのとき客席にいた子どもが、今度は届ける側に回る。そういう人生があると知らせたい、ということ。もう一つは、今回金子さんが弾くこのホールのスタインウェイ社製ピアノを選んだのが、彼自身だということだ。
一台一台ピアノは微妙に違うものだ。ホールに置く大切な一台を選ぶときに、正解はない。点数もつかない。微細な差を感じ、聴き分ける精度がなければ選べないが、最後に残るのは、自分がどういう音を求めるのかという判断だけである。
技術と、その手前にあるもの。
音楽における大事なことが、そのまま一台のピアノとして、あのホールに置かれている。
音楽家の社会的役割は、音楽家自身が決める。だが、その役割を果たせる音楽家を育てられるかどうかは、私たちが決めることだ。


