ただ、本人は特別に帝王学を受けてきたわけではない。キッコーマンには「創業家からひとりずつしか入社しない」という不文律がある。中野は次男。長男が病気療養したため入社が急きょ決まったが、そのことを告げられた大学2年生まで事業のことを深く考えたことはなかった。
入社後は信用が事業を左右するということを事あるごとに学んだ。印象に残っているのは大阪の営業時代だ。80年代、スーパーでは客寄せの商品として、しょうゆは仕入値より極端に安く売られることが多かった。赤字覚悟の、いわゆる「赤目玉」だ。
「当時は酒屋さんがしょうゆを販売していたので、スーパーが安売りすると酒屋さんから苦情が殺到。かといって、スーパーに販売価格を強制するのは違法です。両方を説得するしかないのですが、話を聞いてもらえるかどうかは長年の信用次第でした」
大阪から戻った後は、アメリカ販社に赴任。信用が重要なのはどちらも同じだったが、日米で信用のつくり方に違いがあったという。
「あうんの呼吸はダメ。きちんと説明しないと信頼関係をつくれません。例えば給料の話でも、『なぜ私はこれしか上がらないのか』と率直に質問が来る。コミュニケーションが重要だと痛感しました」
長年積み上げた実績と、合理的説明。帰国後、中野は日米ハイブリッドで社内外の関係を構築していった。
そのやり方は、今後のグローバル展開でも武器になる。キッコーマンは今や海外売上比率が4分の3を占めるグローバル企業だ。中心は北米・欧州だが、アジアやインド、南米でも伸びていて、「2040年に市場は3倍」を見込む。
グローバル展開を加速させるポイントはふたつある。まずしょうゆビジネスの人材・ノウハウの供給源である日本市場を成長させ続けること。もうひとつはグローバル経営の組織化だ。中野流の信用のつくり方が生きるのは、特に後者だろう。
「今は各拠点の責任者がみんな互いに顔を知っていて、人間関係にもとづいて話ができます。でも3倍になったらそれだけでは動かない。コミュニケーションと納得による信用は、おそらく世界共通。これを組織としてどう整備してかたちにしていくか、これから取り組んでいきます」
なかの・しょうざぶろう◎1957年生まれ、千葉県出身。慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了後、キッコーマン入社。88年米販売会社へ出向。2008年執行役員、12年CFO、19年キッコーマン食品社長(現任)、21年代表取締役社長COOを経て、23年より現職。


