細菌と古細菌に共通する数少ない特徴の一つに、「二酸化炭素を有機物に変換する経路」がある。そして、細菌と古細菌が分岐する前のLUCAでは、ニッケル(金属触媒)単体で、現代の生物における少なくとも10種類の酵素と10種類の補助分子(コファクター)の機能を担い得たことを、この研究は示した。そして、こうした原始的な代謝経路の起源は、ある種の深海熱水噴出孔にまでさかのぼることができる。
これらの深海熱水噴出孔は、「蛇紋岩(じゃもんがん:serpentinite)」と呼ばれる岩石で構成されている。この岩石は、海底深くまで浸透していった海水が、そこに存在していた、マントル由来の岩石(鉄やマグネシウムが豊富な岩石)と反応することで形成された。この時の反応によって海水が加熱され、水素ガスが発生する(この水素は、二酸化炭素を還元して有機物をつくる反応の材料になる)。噴出孔の壁面には、ニッケルや鉄、コバルトといった金属が残される。「生命の化学的スターターキット」とも言えるこれらの金属は、現在でも、大西洋や太平洋の海底で観察することができる。
生命の化学反応において、重要な要素は金属だけではない。生命はリン酸を糧としている。細胞は、アデノシン三リン酸(ATP)と呼ばれる分子をエネルギー通貨として利用しているからだ。リン酸なしで代謝は成り立たない。代謝中間体の3分の2はリン酸基を持つ。
ATPが登場する前、生命に必要な高エネルギーのリン酸基を自然界で調達することは困難だった。この謎は、何十年にもわたって研究者たちを悩ませてきた。今回の研究は、その答えを示している。それは、先述した熱水噴出孔で生成されるリン酸化合物「亜リン酸」だ。少量のパラジウム(熱水噴出孔に存在する金属)を含む水に入れると、亜リン酸は、現代の生物におけるATPのように、他の分子にエネルギーを与える役割を果たすことが分かったのだ。
「生命と単細胞生物の進化」について、この研究が示唆すること
生命の物語は、まとめるとこういうものになる──LUCAの段階で、遺伝子、翻訳機構、遺伝的コードはすでにそろっていた(遺伝子分析でたどれる最初の状態がLUCAであり、LUCAが栄える前にも、地球で「原始生命」が生まれていた可能性はあるが、それらは子孫の遺伝子を今に残していないため、その姿を直接知ることはできない)。
しかしLUCAにおいては、代謝の仕組みはまだ形成中だった。LUCAから、細菌と古細菌という2つの系統が分岐し、それぞれが独自の代謝システムを構築した(それらのうち一部は重複し、一部は異なるツールキットを用いていた)。
古細菌の系統から、真核生物が誕生した。ヒトの細胞は、この系統に由来し、その代謝システムをベースにしている。
こうした流れのなかで見ると、生命とは、「環境に存在していた一連の反応を取り込み、それを段階的に自らのものにしてきたゲノム」と言えるだろう。
この新たな知見にもとづくと、深海熱水噴出孔は、もはや異世界のものには見えない。深海熱水噴出孔は、生命の化学的ルーツであり、今もなお現役として、40億年以上前に生命を生み出した同じ化学反応を促進し続けている。


