AIは円城塔の新作を書けるのか?
円城:ずっと不思議なんですけど、なんでみんなAIにやたらと小説を書かせようとするのでしょう。そんなものを読みたいと思いますか。
今井:まったく同感です。24年に僕が出版した『生成AIで世界はこう変わる』という本がベストセラーになりました。松尾豊研究室出身のAI研究者ということで「あの本はAIを使って書かれたんですか」とよく聞かれるのですが、「AIで本一冊丸ごと書いてしまおう」という思想が、僕にはまったく理解できません。
円城:AIのニューラルネットワークは「できるだけたくさんの情報を1カ所に集め、順番に整然とまとめましょう」とチューニングされています。ですから、AIに小説や詩を書かせたら、おかしな失敗作や駄作が出てくるのは必然的です。
そもそも小説や詩は、情報が整然と並べられているわけではありません。途中で緩急のリズムを取ったりしながら、「整然型」とは逆に「分散型」の筆致で書かれていくものです。
誰とは申しませんが、元新聞記者が書いた小説を読むと、まず情報を1カ所にまとめてから順番に提示しがちなんですよ。新聞記者時代にそのように文章をまとめる癖がついていますので、小説を書くときにどうしてもその癖が抜けません。
今井:「うんと整然とした文章をまとめてください」というプロンプトと「できるだけグチャグチャにランダムに情報をアウトプットしなさい」というプロンプトは、どちらもAIに指示して文章をアウトプットできる気がします。
とはいえ「円城塔さんの新作をアウトプットしてください」というプロンプトは成立しません。それは所詮、円城塔もどきの贋作です。
円城:小説家と呼ばれる人たちは、「整然」と「分散」の境界辺りに足場を置いて文章を書いています。「あれ、この人は何を言わんとしているんだろう。ちょっと日本語が怪しいかもしれないな。これは何ぞや?」と首をかしげてしまう。よくよく熟読していくうちに、作者が言わんとしている意図が徐々に見えてくる。こうした小説の執筆過程は、AIには大変学習しにくいのです。
夏目漱石全集をAIに全文くまなく読み込ませれば、もしかすると夏目漱石の新作らしきものが書けるのかもしれません。でも「夏目漱石の新作プロジェクトを立ち上げます!」と言い始める人がいたら、誰かが止めるべきだと思います。
今井:技術的な視点から今のお話に少し補足します。AIが最も得意な分野はプログラミング、次点の得意分野が数学です。
「生成AI」といわれるものの学習段階は2つあります。1個500万円もするチップを何十万個も集積し、何百億円もの予算を投入してインターネット上の膨大なデータを学習させる。事前学習が第一フェーズです。
今井:生成AIがつくり出したものが、論理性と倫理性を獲得しているとは限りません。第二フェーズの事後学習では、論理性と倫理性を獲得させます。この段階の論理的な推論を身につける学習では、「基準が明確な」学習目標が非常に重要になります。
こうした学習段階を踏まえてできたものが、創作作品として価値があるものを出力できるとは限りません。そもそもモネの絵とピカソの絵のどちらが面白いか? 円城さんの作品とシェイクスピアの作品のどちらが面白いか? 作品の好みは人によって千差万別ですから、ここにはまったく基準がありません。
あまりにもグラデーションだらけのこうした分野は、我々AI研究者にとってはものすごく学習させにくい。「夏目漱石の新作をAIに書かせる」という発想が、そもそも無謀なのです。
円城:小説をAIにいきなりアウトプットさせようという発想は、狂気だとすら思います。
※この続きは、発売中のForbes JAPAN10月号別冊『HUMAN-CENTERED AI 想像は創造できる!』にてお読みいただけます。
えんじょう・とう◎1972年生まれ。東北大学理学部物理学科卒業。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。2006年に作家デビュー。12年『道化師の蝶』で芥川賞受賞。『文字渦』(川端康成文学賞、日本SF大賞)など著書多数。新著に『土人形と動死体』。
いまい・しょうた◎1994年生まれ。2024年、東京大学大学院工学系研究科松尾豊研究室におけるAI研究で博士(工学)を取得。同年7月、GenesisAIを創業。北陸先端科学技術大学院大学客員教授、国家戦略特区AI戦略アドバイザーも務める。ポケモンゲーム元世界7位。



