アルゴリズムに消費される食文化の先で
個人的には、SNSという存在そのものが、いまや飲食という愛すべき文化を少しずつ破壊しているのではないかと危惧しています。
フォロワー数を獲得するために過激化していく煽り文句。スマホの画面に収まる「映え」のためだけに作られ、食べる頃には冷めきっている料理。PR表記を濁しながら懐を肥やすインフルエンサーと、それを買い支える巨大資本。予約困難を演出して信者を囲い込むための不透明な座席制限。そして安全地帯から憂さ晴らしのために投げつけられる匿名の無責任な低評価の刃。そうしたノイズの濁流によって、真摯に仕込みを重ね、誠実に客を迎えてきた良心的な店と、その空間と時間を愛してきたゲストとの間にあった確かな信頼が、静かに削り取られているように思えてなりません。
騙す側のインフルエンサーや飲食店を一方的に糾弾するのは簡単です。しかし、そうした情報に踊らされ、安易なバズに飛びつく客が絶えないからこそ、この手の商売は成り立ち続けてしまいます。
スマホ画面の中の喧騒から、少しだけ距離を置いてみる。プラットフォームの思惑が弾き出したオススメをなぞるのをやめ、信頼できる友と言葉を交わし、自らの足で街に出て五感の全てで店と向き合う。そうした個々人のリテラシーの回復と、顔の見える関係性への回帰こそが、アルゴリズムに侵食された外食文化を支える確かな力になるはずです。
誰かの採点に身を委ねるのではなく、信頼できる仲間と共に、自分たちにとっての素敵な時間を見つけていく。そんな外食本来の素朴な楽しさを、これからも一人の客として大切にしていきたいものです。


