ラクターゼ活性持続性が急速に広まった理由
集団遺伝学の世界において、ラクターゼ活性持続性は、ヒト遺伝子のなかで近年の自然選択が最も強く働いた痕跡の一つとして位置づけられている。現時点の推定では、こうした突然変異が広がり始めたのは数千年前のことで、ちょうど酪農が広まった時期と重なる。進化の尺度から言わせれば、それは一瞬の出来事と言えるだろう。
単純に説明するなら、栄養が理由だ。牛乳を飲んでも腹痛が起きない牧畜民は、生きている家畜から乳を搾って飲めば、エネルギー源とたんぱく質を安定的に得られる。
もう一つ別の有力な説もある。2017年に『Annual Review of Genomics and Human Genetics』に掲載されたレビュー論文は、地球の緯度に着目している。日照が少なくビタミンDをあまり生成できない北方の集団では、ラクターゼ活性持続性を持つ確率が非常に高いという。
牛乳はカルシウムが豊富であり、乳糖には腸でのカルシウム吸収を促す働きがある。こうした効果は、太陽光をあまり浴びられず、ビタミンDをあまり生成できない人たちにとって何よりも重要だ。
3つ目の説は、乾燥地帯ではたいてい、水より牛乳の方が安全な飲み物であることを指摘している。
ただし、さらに新しい説によると、こうした日常的な利点だけでは、ラクターゼ活性持続性が急速に広まった理由を説明できないという。2022年に『Nature』で発表された研究は、真の選択圧は、まれに発生する災害の際に生じた可能性があると指摘する。飢饉や疫病が蔓延した時は、牛乳によって脱水(下痢)を起こすのではなく、そこから完全な栄養を摂取できた人の方が、平常時には得られない生存上の優位を獲得できるというのだ。この仮説は決着がついておらず、議論は継続中だ。
この研究では、どんな説でも対処せざるを得ない、厄介な証拠が発見されている。欧州各地に散在する数百の遺跡から発掘された土器に付着していた牛乳の残留物を詳細に調べたところ、ラクターゼ活性持続性の変異が一般に広まる前から、人々が牛乳を摂取していたことがわかったのだ。
人々は、多くの人が乳糖を適切に消化できるようになるずっと以前から、牛乳を飲んでいた。しかし当時の解決策は、遺伝的というよりも文化的なものだった──発酵の力を借りていたのだ。チーズやヨーグルトに含まれる細菌は、人間より先に、乳糖の多くを消費する。グラス1杯の牛乳は飲めなくても、熟成チーズなら問題なく食べられる人が多いのはそのためだ。
これは、食生活とゲノムが相互に作用しながら形成してきた双方向のプロセスであり、生物学者は「遺伝子‐文化共進化(gene-culture coevolution)」と呼んでいる。
乳糖不耐症の本当の姿
乳糖不耐症は、アレルギーではなく、免疫反応とは無関係だ。消化されない乳糖は、そのまま大腸へと移動する。大腸では、そこで腸内に水分を引き込むと同時に、大腸内に常在する細菌によって発酵してガスを発生させる。すると、不快ではあるが危険ではない状態が起きる。その境目は人によって実にさまざまだ。そのため、ラクターゼの分泌量が少ない人でも、少量なら気づかずに済む人が多い。
ということで、人類の大多数は、哺乳類が設定した標準的なプログラムを実行している。そして一部の人は、特定の地域で最近生じた、編集済みプログラムを稼働させており、それが広まったのは、祖先がたまたま、乳を搾れる動物を飼っていたからだった。「成人が牛乳を飲めないこと」はもともと、説明の必要がない「デフォルト」の現象だったのだ。


