「SNSフォロワーの多い中国、アメリカは需要に応えきれていない。今後は店舗とECの両面でチャネルを強化します。ブランドコントロールを考えると、基本は直営。リスクはありますが、自分たちですべてやっていこうと覚悟を決めています」(松沼)
松沼らがビジネスを前進させる一方、クリエイションに専念したNIGOも「見られない景色を今見れている」と変化を感じている。21年にはLVMHグループ傘下「KENZO」のアーティスティックディレクターに就任。経営との分離を進めていたからこそ、他ブランドから学ぶ機会にもためらいなく踏み出せた。
「枠にとらわれず動いたほうが吸収できるものは多い。『KENZO』もすごくいい影響があります。例えばものづくりのプロセスが逆。僕たちはものをつくってから最後に色を決めますが、KENZOでは最初に『色はどうしますか』から入っていく。ファッションショーやイベントも違って、いい勉強になっています」(NIGO)
一方、気になるのはクリエイションとビジネスの連携だ。現在、NIGOは週2~3回、定例ミーティングでHUMAN MADEのチームと話している。分離したことで、意思疎通は難しくなっていないだろうか。「僕は割とソロプレイヤーなんですが、チームプレイを覚えました。100年続くブランドを目指すなら人やチームを育てていかなければならない。『NIGOだからものが売れる』という状態を、早く取り去りたいと常に思っているんです」
チームとのコミュニケーションでも、自分の考えを押しつけることはない。「自分の経験のなかで、いいと思ったことを伝えるだけ」。時には会議のテーマとは関係のない知識や陶芸の話もする。それをどう受け取るかは聞き手に委ねながら、「やんわりイズムを注入する」という。
ただし、ものづくりについては強く伝えていることがある。
「『ほかのブランドがやっているから、自分たちもやる』という発想は絶対にやめてほしい。リサーチやAIにも基本的には頼らない。僕らはリサーチされる側じゃないとダメなので。多少コケたとしても、変なこともやる。安牌で売れるものだけをつくっていたら普通のブランドになってしまうから。いつもお客さんの想像を超えていかなきゃいけないんです」
日本文化という「最終地点」
NIGOは現在の日本カルチャーをどのように見ているのか。ひとくちに定義することは難しいが、NIGOは文化を「音楽と服が融合して、その時代の飛びぬけたもの」ととらえる。例えば50年代のロカビリー、60年代のモッズ、そして90年代にはNIGOの裏原系カルチャーがあった。
「2000年代以降、面白いものが出てきていないように見えます。大半のモノがバーチャルに移ったから見えなくなっただけかもしれない。僕は音だけでなく、パッケージとして手に持って感じられるものがないとカルチャーにならない気がするんです」
何を着て、どのいすに座って、どの音楽を聴くか。NIGOにとってカルチャーは、そうした生活の総体から生まれるものであり、「どれかひとつ欠けても文化になっていかない」という。では、そんな時代に新しいものを生み出すには、何が必要なのか。「自分がいいと思ったものを突き詰めることかな。ある意味、あまのじゃくというか。


