Forbes JAPAN 2026年10月号は、日本発「世界を変える30歳未満」30人特集。30歳未満の未来を切り拓く若者たちを紹介するとともに、本稿では価値観が分断し、正しさが絶えず更新される時代に「僕たちはどう生きるのか」を問う。
社会の空気や他者の正しさに、自分の感情まで委ねる必要はあるのだろうか。文筆家・伊藤亜和が、他者の価値観に流されず、自らの感情と言葉を拠りどころに生きることの意味を見つめる。
好きな曲があったバンドが、不祥事を起こした。少々まどろっこしい言い方になってしまったが、「好きなバンド」ではないのが重要なところである。バンド自体が発信している強い政治的メッセージに、というか、メッセージ自体というより、その言葉遣いを、私はどうしても手放しで賞賛することはできなかった。それでも、彼らがつくった曲のなかには、どうしようもなく好きなものがいくつもあった。酔った帰り道はいつもそれを聴きながら家に帰ったし、ライブでは両手を振り上げて、それなりに感動して涙を流したりしたこともあった。
メンバーが起こした不祥事の詳細が出て、Xのタイムラインは阿鼻叫喚に包まれた。無理もない。やらかしたことと、バンドが常日頃掲げていた、眩しい原色のような正義との落差が、今回に関してはあまりにもあり過ぎたのである。
ファンたちが「もう二度と曲は聴かない」「グッズもCDもすべて捨てます」なんて、怒りと失望でトグロを巻きながら口々に叫んでいるなか、にわかの私は隅の方で、どうやってこの状況から逃げ出そうかと、静かに様子をうかがっていた。人々が大きな炎のなかに、次々とバンドの思い出や曲を焚べていく。
私の腕にも、はたから見れば、もはやガラクタ同然の曲があった。
「これ、捨てなきゃいけないんですか?」と、私は下唇を突き出しながら密かに思う。不祥事の内容は本当に笑えないもので、決して許されるようなものではなかった。しかし、メンバーが人でなしであるのと、私がこの曲を愛しているのは、正直別の話だ。私はこの曲を発見して、自分の歯で噛み砕き、嚥下したのである。それはもうとっくに血肉になって今日の私を動かしているのだから、今さら体のなかからその部分だけ引っ張り出せと言われても、果たしてそんなことができるだろうか、と思ってしまう。
バンドの思想を信じていたゆえに、心情的に聴けなくなってしまうというのはわかる。それは個人の自由に違いない。しかし、この表立って「もう聴かない」と言っている人たちのなかには、何かほかのものを背負っている人もいるように思えるのだ。




