あるとき、ダグラスは日本パーソナルコンピュータソフトウェア協会(JPSA;現・一般社団法人ソフトウェア協会)の主催で、東京で講演をすることになった。サフォーも来日し、妻を連れて休日に4人で日光を観光した。どうも、敵国である日本には行きたくないと渋るダグラスをフォトジャーナリストの妻が行ってみましょう、と肩を押してくれたらしい。「見ざる、聞かざる、言わざる(三猿)」を紹介すると、米国には「悪いことを見ず、聞かず、言わず」があるよ、と教えてくれた。それなりに楽しい旅を満喫して日本を気に入ってくれたようである。
1968年、サンフランシスコで行われた「The Mother of All Demos(すべてのデモの母)」という伝説のデモンストレーションで、マウス、ウィンドウ表示、画面編集、共同作業、ビデオ会議、ハイパーテキストが披露された。いま私たちが毎日使うパソコンの基本操作の多くは、すでにそこにあった。つまり彼は、パーソナルコンピュータの「原型」を先に見せてしまったのだ。
当時のコンピュータは国家や企業の巨大計算機だった。だがエンゲルバートは違った。コンピュータは個人の頭脳を助ける道具であるべきだ、と考えた。一人ひとりが考え、書き、つながり、協働するための思考空間。それが後に「パーソナルコンピュータ」という思想へと受け継がれていく。
きっとアラン・ケイからスティーブ・ジョブズやビル・ゲイツの世代が実装した“PC革命”は、言い換えれば、エンゲルバートのビジョンの証明だった。当時、彼にIT賢者のポートレイト写真集制作のためのモットーをお願いしたら、こう書いてくれた。
「How much a person can mature is directly proportional to the amount of embarrassment he can tolerate.(一人前の大人になるということは、 耐え抜いた困惑の量に比例する)」。


