「人間の能力をコンピュータでいかに強化するか」
エンゲルバートのことで、米サンフランシスコと東京で未来学者のポール・サフォーと少しやりとりしたことがある。「彼は未来を予測した人じゃない。未来を設計してしまった人だよ」(ポール)。彼はいつも、変化の本質はゆっくり進むと言う。僕に「シンギュラリティ」のことを、ムーアの法則を例にして教えてくれた。
指数関数的な成長は、最初は“ノイズ”のように小さく、誰にも気づかれない。だがある日突然、それが増大し始める。そして、世界が突然変わったように見えるだけだ。2022年11月にOpenAI社がChatGPTを公開した時が、まさにそうだったのかもしれない。
いま僕たちは、AIと会話し、クラウドで共同編集し、ポケットの中の端末で無限に世界とつながっている。だがその原点には、ひとつの思想がある。コンピュータは人間の代わりではなく、人間を賢くする道具だという考え方だ。「多くの人はAIで人間を置き換えようとするが、ダグラスは逆に、人間を強くすることしか考えていなかった」(ポール)。
エンゲルバートが目指したのは「人間の能力をコンピュータでいかに強化(拡張)するか」ということだった。つまり、人間をAIに置き換えるのではなく、人間をより強くする技術が「IA(Intelligence Augmentation;知性拡張」だと考えた。augmentationには「増強」や「拡張」という意味がある。だからインテリジェンス(知性)を大きく補強するのである。彼は道具を作ったのではない。人間の「知性の使い方」そのものにこだわったのではないだろうか。
第二次大戦中はレーダー開発に携わったエンゲルバートは戦後、ある問いに取り憑かれる。「人類の問題は複雑になりすぎた。人間の頭脳だけではもう追いつかないのではないか?」。それならば、マシンで知性を“拡張”すればいい。


