庄司氏は「ドイツは侵略の当事者だから、ドイツ国防軍兵士だけを顕彰できなかった」と語る。ただ、ノイエ・ヴァッヘにはユダヤ人犠牲者も一緒に追悼したため、ユダヤ人らから「加害者と被害者を同質化する」という批判が巻き起こった。結局、2005年5月にユダヤ人記念碑がベルリン・ブランデンブルク門の近くにできた。ノイエ・ヴァッヘでは毎年政府主催の式典が開催されるものの、ドイツ国民が心を寄せることはなく、ドイツの多くの識者は「一括追悼方式は失敗だった」と指摘しているという。
庄司氏は「日本とドイツは戦争を始めて敗北した過去を背負っている」と語る。米国のアーリントン墓地には、第1次大戦や第2次大戦など、米国のために軍務に就いた人々と、その中でも特に大きな役割を果たした人々が眠っている。韓国の国立ソウル顕忠院には、19世紀末から20世紀初頭まで韓国の独立のために戦った人々、朝鮮戦争で戦死した人々、元大統領など16万5千人以上が眠っている。
これに対して日本の場合は、海外で亡くなり、氏名を特定できない、または遺族に引き渡せない戦没者の遺骨を納める千鳥ヶ淵戦没者墓苑のほか、幕末以降、国事に殉じた軍人・軍属らをまつる靖国神社、主に自衛隊の殉職者や公務で亡くなった隊員を追悼する防衛省のメモリアルゾーンなど、様々な施設に分かれている。沖縄県営平和祈念公園(糸満市)にある平和の礎に、牛島満中将の名前が刻まれていることへの批判もある。同時に、靖国神社に天皇陛下や首相が参拝すべきだという意見もある。
先の大戦の戦没者の遺族会はかつて、遺骨収集と慰霊だけを主な目的にしていた。日本の歴史学者だった家永三郎氏がかつて、戦争を繰り返さないためにという文脈で戦死者について「犬死にだった」と評論したため、遺族会などが反発し、亡くなった人々は無駄死にではなく、国や家族を守るために死んだという主張を強調する意味で、「大東亜戦争」という言葉を積極的に使うようにもなった。
戦後81年が過ぎ、日本も世代交代が進む過渡期に入っている。遺骨収集や慰霊訪問の数も減っている。世界の構図も変わりつつある。中国とロシアが「戦後の国際秩序の維持」を叫び、日本や西側諸国を「軍国主義者」と罵っている。こうした複雑な時代に、「日独は敗戦国だし、加害者だから」という考えだけで議論を進めるのには限界があるだろう。
庄司氏は「かつて国際秩序を破壊し、現状を打破した反省から、今後日本は積極的に秩序を維持する(「積極的平和主義」)ことが求められている。戦争を反省するかしないか、という議論だけでは、大きく変わりつつある世界と時代に対応できないのではないか」と語った。


