人口減少のこの国で、「住みたくなる」「行きたくなる」まちをどうやってつくるのか。知っているようで知らない「意外な神戸」を紹介しよう。
上の写真は、アート、デザイン系の書籍が並ぶクリエイティブな空間「書庫バー」である。実は探偵小説という海外ミステリー小説が日本に最初にもたらされたのが神戸だという。旧居留地のすぐそば、近代港湾都市・神戸発祥の地に近い「書庫バー」のドアを開けて現れたのは、神戸市長・久元喜造。2021年10月、3選を果たした際に、「普通のことをやっていては神戸の人口減はさらに加速する。強い決意で臨む」と宣言した市長が語るのは、神戸の意外な姿である。
神戸といえば、北に六甲山系、南には瀬戸内海と大阪湾を望む異国文化の観光地であることは説明するまでもないだろう。政令指定都市でもあり、都市としてのブランド力は確固たるものがある。しかし、現実には人口減少という課題を抱える。2011年にピークとなった154万人から約2万人も減っており、政令指定都市では7位。「5大都市」の一角に数えられた時代も今や昔だ。首都圏への人口流出は止まらず、高度経済成長期~バブル期に開発が進んだニュータウンは少子高齢化が進む。神戸に生まれ、18歳までこの地で過ごした久元が描く神戸復活のキーワードが、「ヒューマンスケールなまち」だという。
「私は神戸で生まれ育ったことから、山と海に恵まれたまちの良さは体で覚えています。そして、高度経済成長期以前の姿も知っています。震災では多くの建造物が失われ、市街の姿も変わりました。もちろん、都市としての再開発は続行中です。だけど、そんなまちを歩いていると、港町として歩んできた神戸の残り香を、ふっと感じる一瞬がある。それはヒューマンスケールな都市ならではです」
ヒューマンスケールとは近年、都市デザインで使われるようになった言葉である。人間の行動や感覚を尺度にしたまちづくりで、人を中心に考え、人が賑わう文化空間をつくろうという考え方だ。
「神戸のまちづくりは、日本の多くの大都市とは異なっています。それは、できるだけ高層タワーマンションを建てないようにしている、ということです。もちろん、タワーマンションがたくさん建てられたら、人口が増えてまちは盛り上がるし、経済も活性化します。それはまったく否定するところではありません。ただ、市民のみなさんとディスカッションを重ねる中、私たちは持続可能なまちを目指していくべきなのではないか―そんな考えを共有するようになりました。私たち神戸市民が大事にしたいのは、あくまでヒューマンスケールの視点です。その人らしい暮らしをおくりながら、神戸の自然を満喫し、ショッピングやグルメを楽しむ。そんなまちでありたい」
久元は市政において高層タワーマンションの建設を規制する方針を鮮明にしてきた。単純に人を増やしたかったら、三宮の駅周辺にタワマンを建てればいい。しかし、その選択肢は取らなかった。神戸を魅力的なまちにしたかったからだ。久元と市民が描くのはヒューマンスケールであり、持続可能なまちの姿だ。タワマンを林立させて人口を増やす住宅都市戦略は、神戸を大阪のベッドタウンにするという選択肢に他ならない。久元は市民が望む「商業」「アミューズメント」に重きを置いた都市づくりを目指したのだ。
「神戸をサステナブルなまちにする」というビジョンから、久元は水素エネルギーによる経済振興に触れた。これは良港・神戸港というポテンシャルを活かす経済振興戦略だ。戦前期から造船や製鋼などの重工業に力を入れた神戸市も、近年は食料品や医薬品などの製造にピボットしてきた。「時代に応じて常に再構築する。それが神戸のものづくり産業です」と語る久元。新たな産業分野への参入も、グローバル市場の需要から勝機を見出したもの。市・メーカーが足並みを揃え、スピーディーに動いた。
歴史やブランドにとらわれることなく、トレンドを素早く察知し、動く。市政、企業、そして市民にも変革を受け容れる“軽やかな身のこなし”がある。これは、常に外に開かれ、時代の波に乗ってきた神戸市ならではの嗅覚であろう。
キーになるのは、神戸を代表する企業、川崎重工が手がける液化水素運搬船「すいそ ふろんてぃあ」。2021年から、オーストラリアの褐炭から製造した水素を液化し、神戸市へ運ぶという実証実験がスタートしている。国境を越えて海上輸送し、貯蔵するのは世界初の試みになるという。次世代のクリーンエネルギーとして期待がかかる水素エネルギーの低コスト・大量輸送へ。国際水素エネルギーサプライチェーンの構築が視野に入ってきた。
「サプライチェーンの一角には、神戸の中小企業が参入する可能性も高まるでしょう。また、グローバルスタンダードへの期待もあります。水素エネルギーの貯蔵、輸送、運搬の分野で国際標準が必要になってくるからです。産業の発展にとどまらず、地球温暖化の防止やエネルギー保障の面でも水素エネルギーは重要です。中小企業の参入、国際標準の策定で、神戸が存在感を発揮できれば、それは神戸の産業振興、未来志向につながるでしょう」
2025年の大阪・関西万博を見すえ、大阪、京都、神戸という三都市の連携、そして切磋琢磨が不可欠だ。そこで、久元が推進するのは5か年の実施計画「神戸2025ビジョン」(2021~2025年度)。ここで掲げるのは「海と山が育むグローバル貢献都市」という近未来像。ヒューマンスケールなまちが山海の自然というポテンシャルを生かし、ものづくりを基盤とした経済発展、新エネルギー施策の振興を目指す。ここに久元市政のピースが、はまる。
関西の都市が個性を発揮し、関西のプレゼンスを高めていく試み。そのチャレンジは、久元が繰り返し訴えてきた「東京一極集中の是正」にもリンクするものだ。
「どこも同じような都市ばかりになったら、日本自体がつまらなくなってしまう。私はずっとそう考えてきました。作家の司馬遼太郎は神戸のことを『疲れたら歩きたくなるようなまち』と表現しました。疲れたら、普通は歩きたくはないでしょう。これって、矛盾していますよね? だけど、国民的作家のことばは、神戸のある一面を言い当てているように思えてなりません。
神戸には東京というメトロポリタンとはまた違う風が吹いていますし、商都・大阪とも一味違う空気があります。それは何かというと、先述の通り『ヒューマンスケールなまち』ということ。人が人らしく、個人のスケールで歩き、暮らせるまち。だから疲れさせないし、疲れた人がいたとしても、その疲れを癒やし、忘れさせ、また歩き出そうと思わせてくれる。神戸って、そんなまちです」
時代の変化に応じ、多様な事業を興し、バックアップを続けてきた。国内でも有数の食料品産業が集積し、ヘルスケア産業発展により医療産業都市の顔も持つ。シームレスな経済転換の延長線上にあるのが、水素エネルギーへの注力だ。新しいものを取り入れながらも、壊してはいけない土地の魅力を「ヒューマンスケールなまち」をコンセプトに持続可能なものにする。地元市民との徹底した対話から生まれた。時代を重ねつつ、いつも新しい―神戸ならではの勝ち筋が見える。
久元喜造(ひさもと・きぞう)◎神戸市長。1954年神戸市兵庫区生まれ、1976年東京大学法学部卒業、同年旧自治省入省。内閣審議官、総務省選挙部長、同自治行政局長などを経て、神戸市副市長。2013年に神戸市長に当選、現在3期目。
上の写真は、アート、デザイン系の書籍が並ぶクリエイティブな空間「書庫バー」である。実は探偵小説という海外ミステリー小説が日本に最初にもたらされたのが神戸だという。旧居留地のすぐそば、近代港湾都市・神戸発祥の地に近い「書庫バー」のドアを開けて現れたのは、神戸市長・久元喜造。2021年10月、3選を果たした際に、「普通のことをやっていては神戸の人口減はさらに加速する。強い決意で臨む」と宣言した市長が語るのは、神戸の意外な姿である。
神戸といえば、北に六甲山系、南には瀬戸内海と大阪湾を望む異国文化の観光地であることは説明するまでもないだろう。政令指定都市でもあり、都市としてのブランド力は確固たるものがある。しかし、現実には人口減少という課題を抱える。2011年にピークとなった154万人から約2万人も減っており、政令指定都市では7位。「5大都市」の一角に数えられた時代も今や昔だ。首都圏への人口流出は止まらず、高度経済成長期~バブル期に開発が進んだニュータウンは少子高齢化が進む。神戸に生まれ、18歳までこの地で過ごした久元が描く神戸復活のキーワードが、「ヒューマンスケールなまち」だという。
「私は神戸で生まれ育ったことから、山と海に恵まれたまちの良さは体で覚えています。そして、高度経済成長期以前の姿も知っています。震災では多くの建造物が失われ、市街の姿も変わりました。もちろん、都市としての再開発は続行中です。だけど、そんなまちを歩いていると、港町として歩んできた神戸の残り香を、ふっと感じる一瞬がある。それはヒューマンスケールな都市ならではです」
ヒューマンスケールとは近年、都市デザインで使われるようになった言葉である。人間の行動や感覚を尺度にしたまちづくりで、人を中心に考え、人が賑わう文化空間をつくろうという考え方だ。
「神戸のまちづくりは、日本の多くの大都市とは異なっています。それは、できるだけ高層タワーマンションを建てないようにしている、ということです。もちろん、タワーマンションがたくさん建てられたら、人口が増えてまちは盛り上がるし、経済も活性化します。それはまったく否定するところではありません。ただ、市民のみなさんとディスカッションを重ねる中、私たちは持続可能なまちを目指していくべきなのではないか―そんな考えを共有するようになりました。私たち神戸市民が大事にしたいのは、あくまでヒューマンスケールの視点です。その人らしい暮らしをおくりながら、神戸の自然を満喫し、ショッピングやグルメを楽しむ。そんなまちでありたい」
久元は市政において高層タワーマンションの建設を規制する方針を鮮明にしてきた。単純に人を増やしたかったら、三宮の駅周辺にタワマンを建てればいい。しかし、その選択肢は取らなかった。神戸を魅力的なまちにしたかったからだ。久元と市民が描くのはヒューマンスケールであり、持続可能なまちの姿だ。タワマンを林立させて人口を増やす住宅都市戦略は、神戸を大阪のベッドタウンにするという選択肢に他ならない。久元は市民が望む「商業」「アミューズメント」に重きを置いた都市づくりを目指したのだ。
「神戸をサステナブルなまちにする」というビジョンから、久元は水素エネルギーによる経済振興に触れた。これは良港・神戸港というポテンシャルを活かす経済振興戦略だ。戦前期から造船や製鋼などの重工業に力を入れた神戸市も、近年は食料品や医薬品などの製造にピボットしてきた。「時代に応じて常に再構築する。それが神戸のものづくり産業です」と語る久元。新たな産業分野への参入も、グローバル市場の需要から勝機を見出したもの。市・メーカーが足並みを揃え、スピーディーに動いた。
歴史やブランドにとらわれることなく、トレンドを素早く察知し、動く。市政、企業、そして市民にも変革を受け容れる“軽やかな身のこなし”がある。これは、常に外に開かれ、時代の波に乗ってきた神戸市ならではの嗅覚であろう。
キーになるのは、神戸を代表する企業、川崎重工が手がける液化水素運搬船「すいそ ふろんてぃあ」。2021年から、オーストラリアの褐炭から製造した水素を液化し、神戸市へ運ぶという実証実験がスタートしている。国境を越えて海上輸送し、貯蔵するのは世界初の試みになるという。次世代のクリーンエネルギーとして期待がかかる水素エネルギーの低コスト・大量輸送へ。国際水素エネルギーサプライチェーンの構築が視野に入ってきた。
「サプライチェーンの一角には、神戸の中小企業が参入する可能性も高まるでしょう。また、グローバルスタンダードへの期待もあります。水素エネルギーの貯蔵、輸送、運搬の分野で国際標準が必要になってくるからです。産業の発展にとどまらず、地球温暖化の防止やエネルギー保障の面でも水素エネルギーは重要です。中小企業の参入、国際標準の策定で、神戸が存在感を発揮できれば、それは神戸の産業振興、未来志向につながるでしょう」
2025年の大阪・関西万博を見すえ、大阪、京都、神戸という三都市の連携、そして切磋琢磨が不可欠だ。そこで、久元が推進するのは5か年の実施計画「神戸2025ビジョン」(2021~2025年度)。ここで掲げるのは「海と山が育むグローバル貢献都市」という近未来像。ヒューマンスケールなまちが山海の自然というポテンシャルを生かし、ものづくりを基盤とした経済発展、新エネルギー施策の振興を目指す。ここに久元市政のピースが、はまる。
関西の都市が個性を発揮し、関西のプレゼンスを高めていく試み。そのチャレンジは、久元が繰り返し訴えてきた「東京一極集中の是正」にもリンクするものだ。
「どこも同じような都市ばかりになったら、日本自体がつまらなくなってしまう。私はずっとそう考えてきました。作家の司馬遼太郎は神戸のことを『疲れたら歩きたくなるようなまち』と表現しました。疲れたら、普通は歩きたくはないでしょう。これって、矛盾していますよね? だけど、国民的作家のことばは、神戸のある一面を言い当てているように思えてなりません。
神戸には東京というメトロポリタンとはまた違う風が吹いていますし、商都・大阪とも一味違う空気があります。それは何かというと、先述の通り『ヒューマンスケールなまち』ということ。人が人らしく、個人のスケールで歩き、暮らせるまち。だから疲れさせないし、疲れた人がいたとしても、その疲れを癒やし、忘れさせ、また歩き出そうと思わせてくれる。神戸って、そんなまちです」
時代の変化に応じ、多様な事業を興し、バックアップを続けてきた。国内でも有数の食料品産業が集積し、ヘルスケア産業発展により医療産業都市の顔も持つ。シームレスな経済転換の延長線上にあるのが、水素エネルギーへの注力だ。新しいものを取り入れながらも、壊してはいけない土地の魅力を「ヒューマンスケールなまち」をコンセプトに持続可能なものにする。地元市民との徹底した対話から生まれた。時代を重ねつつ、いつも新しい―神戸ならではの勝ち筋が見える。
久元喜造(ひさもと・きぞう)◎神戸市長。1954年神戸市兵庫区生まれ、1976年東京大学法学部卒業、同年旧自治省入省。内閣審議官、総務省選挙部長、同自治行政局長などを経て、神戸市副市長。2013年に神戸市長に当選、現在3期目。