北海道余市町でワイン用ぶどうの生産が始まったのは1980年代のこと。2011年には北海道で初めてワイン特区に。今や生産量では道内シェアの約5割を占めるほどになった。リンゴや梨などのフルーツの生産量は全道一であり、エビ、ウニ、カレイなどの漁業も盛ん。美食資源のポテンシャルは圧倒的だ。そんな余市町では、生産者と宿泊事業者、町がゆるやかに連携し、国内外のフーディーを惹きつける動きが活発だという。中でも存在感を発揮するのが、多くの料理人を魅了する「ワインポーク」だ。ワインと食材のマリアージュが高付加価値を生み、アクティブに発信を続ける余市――この運動体を突き動かすものは何か。ワインを飲んだ豚がのんびり歩く、北島農場を訪ねた。



「親父の代から養豚業をはじめ、現在では8000頭規模で豚たちを育てています。家業を継いでからしばらくして、町内のスーパーで自社商品『道産豚肉』と表示されているのを見て、考え込んでしまったんですよ。うちの農場で丹精込めて育ててきた豚が、なんで『道産』って一括りにされてしまうんだ? ってね」

2014年にカネキタ北島農場を継承し、家業の養豚業をリードする北島正樹。養豚家として自らのルーツをたどり、静かに語り出す。小学生の頃から農場を手伝い、朝4時から農業や豚の世話に従事してきた。畑仕事と農場仕事に追われる夏休みは憂鬱だった。地元の余市高校に進学し、サッカー部に在籍。大会では、「勝ち続ける限り、家に帰らなくていい」という思いが最大のモチベーションになったという。高校卒業後は自動車教習所の教官を経て、家業と向き合う。外の事業を見聞して戻ってきた北島は、「養豚業もアップデートが必要だ」だと感じた。スーパーの精肉コーナーで「道産豚」の表示に立ちつくしたのは、この頃だ。


1970年代に創業したカネキタ北島農場の2代目・北島正樹。余市の豊かな自然環境の中で健康な豚を育てる。

「ただ育てるだけじゃダメだ」――そう一念発起し、『余市麦豚』というブランドを立ち上げる。麦を合わせた安心・安全な飼料を採用するから、麦豚。植物性の油分によってうまみを増強している。肉にくさみはなく、アクは出にくい。さらに、豚が悠々と過ごせる飼育環境づくりにも注力。地下150mから汲み上げた清潔な水を用い、健康な豚を育てていった。

「養豚業にとって、伝染病が大きな脅威なんです。ウイルスは10km以上という距離を隔てて飛散するので、あっという間に豚舎全体がやられてしまう。だから、病気を防ぐために抗生物質や薬を大量に投与するという流れもあります。うちにはきれいな水という余市の自然環境があった。だから、健康な豚を育てられたんです」

北の美食王国の潜在力に、メジャーシェフが刮目した理由は




余市ワインで育てたワインポーク。道内各地のホテル、レストランのメニューで採用されている。

ヘルシーで安心・安全な豚肉を「余市麦豚」というブランドで市場に送り込んだ。この取り組みから、余市町の生産者をつなぐ、ゆるやかな紐帯が生まれていく。求めやすい価格設定で普及した「麦豚」から、次なる成長フェーズへ。“余市ならでは”の飼育環境を活かしたブランド豚を目指し、北島が着目したのが余市ワインだ。ジャストアイデアとして、ワインぶどうの搾りカスを飼料に混ぜてみた。しかし、豚の食いつきは良くない。試行錯誤の最中、町内のワイナリーで談笑していたとき、あるインスピレーションを得たという。

「ぶどうの搾りカスじゃなくて、ワインを飲ませてみたらどうです? 仲良くなったキャメルファームワイナリーさんに言われて気づいたんですよ。余市にはその手があった、と。試してみたら、豚もワインが大好きでしたね。おいしそうに飲んでくれたし、しまいには酔っ払って千鳥足になってましたよ」

かくして生まれたのが、北島農場のプレミアムブランド「ワインポーク」だ。ドイツ系のワインぶどう「レゲンド」で醸造した赤ワインを飲んで育つ。これまでにないきめ細かな、しっとりとした肉質の豚が誕生した。

検査機関の分析によると、うま味成分のグルタミン酸は一般的な豚の2倍以上。しかも肉中には水分量が多いため、日本人好みのしっとりした食感に仕上がる。豚カツにすると甘さが生きるし、しゃぶしゃぶでは肉質の滑らかなテクスチャーが体感できる。保水能力が高いため、生ハムにも最適だ。




余市町の『Yoichi LOOP』で開催された、余市ワインのペアリングイベント。バスク料理のソーセージ「チストラ」に北島豚が用いられた。

ワインポークは「ワインとのマリアージュが最高」と、多くの料理人が太鼓判を押す。2023年1月、余市町のスペインバル『Yoichi LOOP』で、余市ワインと道産の厳選食材とのペアリングを楽しむスペシャルイベントが催された。「世界のベストレストラン50」にも選出されたスペイン・バスク地方の名店『Asador Etxebarri』で修業を積んだ前田哲郎、仁木偉の2大シェフが腕をふるったものだ。道内外のフーディー、ワイン好きが集い、大盛況。世界に知られるシェフが技巧を凝らす皿の上には、北島が育てた豚があった。

「北島豚のチストラ」。バスク料理の腸詰めとして供された北島の豚は、豊穣な脂身という持ち味を最大限に活かし、フーディーたちの舌を魅了する。薪焼きによって大胆かつ繊細に火入れされた北島農場の豚と、ドメーヌ タカヒコをはじめとする余市ワイン。至高の競演が実現した夜だった。

「ナイフを入れてみて、ワインポークは水分量の多さが特徴だと感じました。ジューシーさがあり、それでいて品を失うことがありません。北島農場の豚に加えて、地場で獲れた魚介類も、世界の銘ワインと堂々渡り合いました。北の美食王国のポテンシャルをまざまざと体感しましたね」(『Txispa』オーナーシェフ:前田哲郎)

地元食材を発信してこそ、農漁業のサードドアは開かれる



品質の良いものを育て上げれば、それがすなわちブランド食材になるわけではない。情報を発信し、消費サイドの視界に入らなければ、市場で新調することは難しい。優位性を自ら発するのではなく、第三者がその魅力に言及してこそ、ブランド食材はプレゼンスを持つ。

北島は「動く生産者」を自認する。麦豚やワインポークに興味を持ったシェフがいれば、小樽や札幌のレストランに出向き、膝詰めでストロングポイントを語ってきた。従来のサプライチェーンにおいて、生産者は精肉業者、卸売業者の上流にあり、シェフや消費者との接点はほぼなかった。しかし、豚肉の持ち味、料理での使い勝手、ワインとの相性を最も知るのは、豚舎で長い時間を過ごす者だ。無論、それは豚に優しい眼差しをおくってきた北島をおいて他にない。

折しも、余市町政にも新風が吹いていた。2018年に、外務官僚から首長へ転身した齊藤啓輔町長の登場である。一新の齊藤町政は、ワイン産業が成長エンジンとして定義する。それは醸造からボトリングして販売するだけにとどまらない。齊藤はレストランやホテルの飲食・観光産業基盤とも連携するワインツーリズムを打ち出した。そこでは農業生産者や漁業従事者も重要なピースになる。北島はリンゴ農家や余市漁港、鮮魚店と連携し、ワインポークの魅力を余市町で体感してもらう試みを企画。2022年に「余市ワインポークを味わうツアー」を2度にわたって開催した。

「生産者にとって、齊藤町長は“打てば響く”存在です。アイデアを投げれば、必ず打ち返しがある。農業、漁業に従事していながら、『なぜワインだけ推すのか』と愚痴を並べて、鮭で流すような真似をしてもしょうがない。自分で動いて、発信していくべきでしょう。町がうちの産業を振興してくれたら。町が外部に情報を発信してくれたら――何かを『待っている』人も少なくない。だけど、もうそういう時代じゃない」

ブランドの価値を届けるためには、マス広告などを活用したファーストドアがあり、選ばれしインフルエンサーを駆使したセカンドドアもある。しかし、北島ら余市町の生産者たちが見つけたのは、緩やかな紐帯で食材の魅力を自らが発信するサードドアだ。ワインポーク、ワインぶどう、カキなどの魚介類……良質な食材を手がけるのは大前提である。その上で魅力を言語化して発信し、外につながろうと試みてはじめて、サードドアは開かれる。

前述の前田シェフだけではない。札幌『コートドール』の下國伸シェフなど、世界に知られるシェフが北島豚の魅力に惹かれ、余市を訪れるようになった。食育イベントで腕をふるい、余市町の子どもたちに世界の味を届けている。自ら動き、まちの生産者を巻き込んでブランディングに臨む北島。家業に参画した当初は、レガシー養豚業で思うように策を打てないときもあった。現在、同じような境遇で「ガラスの天井」を感じる若手生産者をモチベートし、連帯していく兄貴分的な存在でもある。

「若手の生産者だけじゃない。町役場の職員も巻き込んでつながっていこう。余市を盛り上げていこう。そんな思いがあります。何が私たちを突き動かすのか。それは、このまちが好きだから。子どもたちに恥ずかしくないまちを残したい。余市でいいものをつくり、次代につないでいこう。そんな思いが、私たちをかきたてています」

恵まれた美食資源を高付加価値化し、マーケットに訴求すべく、北島は「ワインポークの上位となるプレミアムブランド」を模索している。彼に触発された若手生産者も、生産と発信を活発にリンクさせつつある。ひとと情報を横につなぎ、レガシー農業・漁業をアップデートしていくために。北の大地の挑戦は終わらない。




文=佐々木正孝