全国の自治体で唯一、足湯を庁舎敷地内に保有しているうきは市ならではの市長カット

地方自治体の首長が、それぞれの地域で「一番の誇れるもの」を語るシリーズ企画「Governor’s Letter」。今回は、福岡県うきは市の髙木典雄市長が環境資産「うきはテロワール」を紹介する。うきは市は南には耳納連山を望み、北を流れる筑後川に抱かれたまちだ。髙木市長は古代より風光明媚で知られる地勢、風土を定量的に定義し、屈指のフルーツ王国としてブランディングに挑んできた。地域資源をダイナミックに生かしたまちづくりの要諦を語っていただこう。

|導入エピソード

「うきは市は福岡県の南東部、大分県との県境にあります。市の南部には屏風を広げたように連なる耳納連山が構えており、北部には筑後川が雄大に流れるなど、自然環境に恵まれたまちです。市政に携わって3期目の私が最も燃える瞬間は、市民が躍動する舞台を作ること。太宰府の奥の院として知られ、街道や水運の要衝であった“うきは”は、常に歴史の舞台となってきました。旧石器時代から古墳時代に到るまで多くの遺跡が残っており、古くから人々が住みやすい、住みたいと願う土地だったことがわかります。ロマンあふれる歴史と豊かな自然は、今なお市の大切な資産ですが、これらの資産をしっかりと市民の暮らし、事業者のみなさんのビジネスに直結させ、現代に生きるみなさんの舞台にしていきたい。その点では、同じ福岡県の糸島市は注目している自治体のひとつです。市民レベルの活動を市が後押しし、人々が躍動する舞台があります。刺激を受けつつ、負けないようにアクションを打っていきたいですね」(髙木典雄市長)

|フルーツ王国のマーケティングを進めるため
情緒を排し、定量的に土地の強みを分析する


「うきは市が誇れるもの」として、髙木市長は「フルーツと水」を挙げる。農業産出額に占める果実の割合は、全国平均では約9%のところ、うきは市は34%というから驚かされる。果物は年間を通して収穫できるが、特筆すべきは品種の豊富さにある。市場に出回る品種だけでも、ブドウは54種類、モモは41種類、ナシが18種類、カキは16種類に及ぶという。質・量・バリエーションいずれも屈指のフルーツ王国。うきは市がこれだけバラエティ豊かなフルーツを享受できるのはなぜか?市長はマーケティング視点から静かに語り出た。

「私は市長に就任後、その理由を探ってみました。――しかし、誰からも明快な答えが返ってきません。『水と緑に恵まれているから』といった、情緒的な談話しか出てこないのです。うきは市は豊かな自然と田園風景が残り、『日本の原風景が残るまち』とも言われます。しかし、海外を含めて対外的に存在感を出すためには、緻密なマーケティングが必須です。グローバルマーケットで勝負すべく、うきはの産物をアピールしていきたい。そのためには、定量的かつ科学的なデータが必須だったのです。

私たちは5年の歳月をかけ、うきはの地勢、地質、風土、気候を徹底的に調査しました。そこで浮かび上がったのが地形・気温・土壌・風・水・雨・地理という7大自然要素。400万年前から形成された扇状地はフルーツ栽培に適した風土を生み出していました。一直線に峰が連なる耳納連山は天然の屏風となり、台風などの被害から果樹園を守ってくれています。こうした環境資源こそが、豊かでバラエティ豊富な果物として結実していた―私たちの目の前に広がる雄大な自然そのものが、フルーツ王国を支えるインフラだったのです。

そして、水です。市庁舎に足湯があるように、水の恵みが自慢です。うきは市は全国で792市ある市の中で、唯一の『上水道がないまち』なのです。良質な地下水が『うきはの恵水(めぐみ)』として生活用水、農業用水に活用されています。地下水は20年から30年といった長い歳月を経て地下に滞留し、カルシウムやカリウム、シリカといったミネラルをたっぷり含み、ナチュラルミネラルウォーターとして市民の健康を支えています。もちろん、豊かな水の恵みがフルーツ王国の基盤になっていることは言うまでもありません」

恵まれた自然環境がうきは市の農業構造に個性を与え、「フルーツ王国」という旗印として結実した。しかし、あらゆる自治体が独自性を競った結果、地方創生もコモディティ化が進みつつある。髙木市長は「おらが町の名物」といった単純かつ情緒的なセールスコピーに頼ることはなかった。定量調査を進め、自治体ブランドの源泉を掘り当てたのである。



|うきはテロワールを確立してブランディング
環境資源を十全に生かしたまちづくりを進める


髙木市長が陣頭に立ち、5年をかけた調査によって市域の地勢、地質が明らかになった。フルーツ王国を支える環境資源が数値として示されていく。髙木市長は調査にあたった大学教授らの述懐から、「テロワール」というキーワードを着想する。うきはの地質や地形は日本でも珍しく、フランスの著名なワイン産地として知られるボルドーやアルザスと近似していたからだ。

「テロワール――ご存じの通り、その土地の『地理、地勢、気候の特徴』を指す言葉で、ブドウの成育環境によって繊細に変化するワインの特徴を表現する際によく使われますね。恵まれた自然環境と、その地勢に合った農業を工夫し、伝承してきた人々の努力があってこそ、うきははフルーツ王国たり得ています。私たちは、この地の自然への畏敬の念、そして先人への敬意を込め、うきは市の農業をとりまく環境を『うきはテロワール』と名づけました。

私が市長に就任して11年になります。これまで、市政をリードする中で『今あるものを活かす』まちづくりを進めてきました。私もこのまちで生まれ、歴史や文化、自然のすばらしさを十二分に感じて育っています。だからこそ、うきはテロワールのような自然、歴史や文化が豊かな舞台で、市民に躍動していただきたい。事業者の皆さんには、世界を見据えたビジネスを進めていただきたい。そのために、うきはブランド推進課、市民協働推進課という部署を設置しました。市長をはじめ行政はあくまで舞台を支える縁の下の力持ちであり、その舞台で思いっきり躍動するのが市民――その思いに変わりはありません」

「うきはテロワール」は単なるキャッチコピーにとどまらない。うきは市はロゴマークを作成し、商標も登録。ブランディングの一環として「うきはテロワール」を掲げ、PR施策を次々に打ち出している。


|スモールビジネスやスポーツ振興も活発化
グローカルな人材が躍動するまちを目指して


うきは市の人口は約3万人。多くの地方自治体と同様、進行する少子高齢化に直面しているが、近年は福岡市や北九州市からの移住者も増えているという。髙木市長が着目するのは、創意を発揮してスモールビジネスを開く若き志だ。中でも目立つのは、スイーツショップを開く起業家たち。髙木市長が誇るように、うきは市には豊かなフルーツの恵みと潤沢で清涼な水がある。季節の良質なフルーツを素材に使い、創意をトッピングしたスイーツが、新たなうきはの名物になっているのだ。

「私が市長になった当初、市内に14店のスイーツショップがありました。人口1万人あたりでは約4.7店と、全国でも有数の比率だったのですね。ところが、直近では40店までショップ数が増えており、スイーツ巡りを楽しみにする観光客も増えるという好循環ができています。うきはテロワールがフルーツ王国を支え、『スイーツのまち』として存在感も増してきているのです。

また、最近は市民が胸を高鳴らせるスポーツ振興も積極的に進めています。2022年4月、うきは市をホームタウンとしてラグビーチームの『LeRIRO福岡』が誕生しました。母体とする親会社を持たず、地域と連携しながら国内最高峰のリーグワンを目指す社会人チームです。市ではチームを支援すべく、『うきはラグビータウンプロジェクト』を立ち上げました。発足当初は3名しかいなかった選手も、今や30名以上。ホームグラウンドを持たず、市内の浮羽究真館高校のグラウンドで練習を重ねる選手たちを、私はいつもまぶしく見ています。地域と行政が一体となってサポートしつつ、雇用の受け皿や環境整備もしっかり考えていきたい。これも、市民が一体となって生き生きと躍動できる舞台づくりの一環です」

Forbes JAPAN「第6回 スモール・ジャイアンツ アワード」でグランプリを獲得したのは筑水キャニコム。うきは市に本拠を構える小さな巨人だ。髙木市長は「スモール・ジャイアンツは、地域貢献とグローバル展開の両立が評価ポイントになると聞きました。うきは市には、キラリと輝く企業がまだあります。この地で人材を育成しながら、グローバルに勝負する企業に羽ばたいてほしい」と視線を未来に向けた。うきはテロワールでブランディングを進め、グローバルな視点とローカルな視点を併せ持ったグローカルな企業、人材を世界に雄飛させるために。髙木市長は、市民が主役の舞台づくりを推し進めていく。


「手続き以外で住民が足を運ぶきっかけになってくれれば」と庁舎敷地内に設置されている足湯。水は100%地下水。




髙木典雄◎福岡県うきは市長。1951年福岡県浮羽郡浮羽町(現うきは市)生まれ。1970年に福岡県立浮羽東高校を卒業後、建設省九州地方建設局に入省。1974年に福岡大学商学部二部を卒業。建設省建設大学校、建設省道路局などの勤務や福岡県浮羽町助役の出向を経て、国土交通省福岡国道事務所副所長、九州地方整備局調査官、九州地方整備局総括調整官などを歴任。2012年7月にうきは市長選挙に出馬して初当選。現在、3期目を務める。

文=佐々木正孝 写真=菅祐介