地方自治体の首長が、それぞれの地域で「一番の誇れるもの」を綴るシリーズ企画「Governor's Letter」。第1回は北海道余市町の齊藤啓輔町長が、成長戦略の柱に据えたワインのポテンシャルを明らかにする。世界のフーディー、ワイン愛好家、FIRE層を惹きつけるブランディングの実像とは――。
|導入エピソード
社会に大きなインパクトを与えるプロジェクトに臨むとき。それが、私が最も燃える瞬間です。日本経済が厳しさに直面する中、地方自治体も成長産業を見いだすことに苦慮しています。しかし、各地域には「成長の芽」がいくつも見受けられます。私たちは、ここ余市町でワインという芽吹きを成長産業に育て上げています。そこで、私がライバルだと思っているのが、京都府・与謝野町の山添藤真町長です。彼は私と同い年でフランス在留の経験もあり、その土地の食材で恵まれたグルメを提供するガストロノミーを中心に据え、成長産業を育てようとしています。意見交換を活発に行いつつ、アクションから目が離せません。注目している自治体も、同じような視点でチェックしていますね。富山市も「ここにしかない」富山ガストロノミーを提唱しており、動向を注視しています。また、長野県高山村は「信州たかやまワイナリー」を拠点にワイン産業を伸ばしています。余市町と同様、りんごの産地からワインぶどうの産地へと転換を図ったところも似ており、ライバル的な自治体と考えています。
|地方創生は「ワイン・美食・サウナ」がキー
FIRE層も視野に入れたトライブマーケティング
余市町が一番だと誇れるもの――それはワインです。余市でヨーロッパ系のワインぶどうの栽培が本格的に始まったのは1980年代のことですが、2010年には「ドメーヌ・タカヒコ」がオープンし、現在に至るワイナリーの中心的存在に。2011年にはワイン特区の指定を受け、まちづくりにワインを取り入れるようになりました。
ただ、私が町長になった時に思ったのが「戦略の欠如」です。温暖化が進む中、北緯43度に位置する余市町は気候的にもワインの適地に。さらに、200万人都市の札幌にも車で1時間という絶好のロケーションです。しかし、ただ漠然と、総花的にワイン産業を振興させようとしては大きなインパクトをもたらすことができません。そこで、私は一点突破型のマーケティングで高品質なワインに絞って打ち出していこうと考えたのです。
私は、「ワイン・美食・サウナ」が地方創生の切り札であると考えています。ワインはただボトリングして販売するだけではなく、美食や宿泊と合わせた「ワインツーリズム」として期待がかかります。私が町長になってから、世界的に人気のぶどう品種であるピノ・ノワール、シャルドネなどの国際品種の栽培面積拡大の場合には1.5倍の補助金を出すという政策を打ち出しました。世界の富裕層のグルメ好き、いわゆる「フーディー」やワイン愛好家、国内のFIRE層に向けたワインでアピールしようと考えたのです。これぞ、ワイン×美食のカテゴリーを好む層を誘引するトライブマーケティングです。高級レストランの進出もあり、ワインとペアリングして楽しめる美食のインフラも集積してきました。余市のポテンシャルが、最大限に発揮されようとしています。
|一点突破で集中的にブランディング
ワインのふるさと納税額は3,500%以上に
地域全体の収入を増やして町の財政を再建し、町民の所得も伸ばしていきたい。これが私の目指すところです。北海道には179の市町村がありますが、私の町長就任前の余市町は所得ランキングで165位と低位にありました。そこで核として期待したのがワイン産業です。余市町のふるさと納税は大幅な増収となり、令和3年度(2021年度)は約8億円で、私の就任前後を比較すると1,300%に。特に、ワインは3,500%以上という大幅な伸びになりました。町の財政も健全化を進めたこともあり、現在の町民所得は141位になり、さらに上位を目指しています。
ふるさと納税特別企画「余市町感謝祭」は通常のふるさと納税にはない特産品、コラボ商品を展開するフェスティバルですが、ここではふるさと納税限定の希少なワインセットを提供しており、6000本以上のワインが瞬時になくなるほどのインパクトがあります。町内外を巻き込んだ熱気を肌で感じて思うのは、成長産業の芽には集中的に投資を進め、確固たる成長産業として成立させるべきだ、ということです。
人口減少が進む中、これまでと同じような施策を打ち出していては地域を維持することができません。例えば、フランス・ブルゴーニュ地方のヴォーヌ・ロマネ村です。人口約300人という小さな村でありながら最高峰のグラン・クリュ畑を擁し、世界中からワイン好き、観光客を集めています。人口減の社会でも、高い付加価値を創出する基盤があれば、どんな自治体も成長へのルートを描くことができるのです。
|人口減少社会で自治体はいかに生きるか
「天・地・人」三位一体で価値を創出する
私自身、外務省にいたこともあり、「日本の良さを世界に発信したい」という思いがあります。20年には世界的に著名なレストラン「ノーマ」(デンマーク)でドメーヌ・タカヒコのワインがオンリストされ、2022年には余市町がオーストリアのリーデル社と協定を結びました。同社はワイングラスの老舗であり、この協定から余市町産ワインも世界中のフーディー、ワイン好きに訴求できるようになります。
現在、町内にあるワイナリーは16施設ですが、そのほとんどがドメーヌ型と言われる小規模のもので、生産本数もそう多くはありません。今後も、ワイナリーを立ち上げようという志を持った方が集まってきており、進出を検討している著名なシェフもいます。宿泊施設の建設構想も上がってきており、余市でしか満喫できない「ワイン×美食」のかたちが見え始めてきました。
私は地方創生には孟子が言うところの「天・地・人」が必須だと考えています。天は時流であり、地はその土地ならではの資源、余市ならワインです。そして、最も難しいピースが人――余市町には現在、世界最年少で日本人初となる「マスター・ソムリエ」である高松亨さんが地域おこし協力隊のワイン産業支援員として着任しており、戦略推進マネージャーには江部拓弥さんなどの副業兼業人材を選出。ハイクラスなメディアへのブランド戦略でサポートをしていただくほか、余市町ワイン大使としてお笑いコンビ『髭男爵』のひぐち君を任命。多角的な広報、情報発信にも力を入れてきました。町長として2期目となり、「天・地・人」を強く意識してブランディング、マーケティングを進めています。
「あなたの街が一番だと誇れるものは何ですか?」というテーマから、新たな地方創生の成長エンジンを考えてきました。冒頭に述べた通り、余市町と同じようにワイン産業を起点にしたり、ガストロノミーから町おこしを考えたり、多くの自治体のリーダーが所管するエリアで成長産業を伸ばそうと工夫をこらし、さまざまな取り組みを進めています。その志と着眼があれば、個々で高い付加価値を創出し、「面」となって全体で伸びていけるはずです。
余市町感謝祭(2022年11月3日~11月10日)
https://yoichi.furusato179.com/
齊藤啓輔◎北海道余市町長。1981年北海道紋別市生まれ。2004年に早稲田大学を卒業後、外務省に入省。在ロシア大使館、首相官邸などの勤務、北海道天塩町副町長の出向を経て18年8月に余市町長選挙に出馬して初当選。現在、2期目を務める。
|導入エピソード
社会に大きなインパクトを与えるプロジェクトに臨むとき。それが、私が最も燃える瞬間です。日本経済が厳しさに直面する中、地方自治体も成長産業を見いだすことに苦慮しています。しかし、各地域には「成長の芽」がいくつも見受けられます。私たちは、ここ余市町でワインという芽吹きを成長産業に育て上げています。そこで、私がライバルだと思っているのが、京都府・与謝野町の山添藤真町長です。彼は私と同い年でフランス在留の経験もあり、その土地の食材で恵まれたグルメを提供するガストロノミーを中心に据え、成長産業を育てようとしています。意見交換を活発に行いつつ、アクションから目が離せません。注目している自治体も、同じような視点でチェックしていますね。富山市も「ここにしかない」富山ガストロノミーを提唱しており、動向を注視しています。また、長野県高山村は「信州たかやまワイナリー」を拠点にワイン産業を伸ばしています。余市町と同様、りんごの産地からワインぶどうの産地へと転換を図ったところも似ており、ライバル的な自治体と考えています。
|地方創生は「ワイン・美食・サウナ」がキー
FIRE層も視野に入れたトライブマーケティング
余市町が一番だと誇れるもの――それはワインです。余市でヨーロッパ系のワインぶどうの栽培が本格的に始まったのは1980年代のことですが、2010年には「ドメーヌ・タカヒコ」がオープンし、現在に至るワイナリーの中心的存在に。2011年にはワイン特区の指定を受け、まちづくりにワインを取り入れるようになりました。
ただ、私が町長になった時に思ったのが「戦略の欠如」です。温暖化が進む中、北緯43度に位置する余市町は気候的にもワインの適地に。さらに、200万人都市の札幌にも車で1時間という絶好のロケーションです。しかし、ただ漠然と、総花的にワイン産業を振興させようとしては大きなインパクトをもたらすことができません。そこで、私は一点突破型のマーケティングで高品質なワインに絞って打ち出していこうと考えたのです。
私は、「ワイン・美食・サウナ」が地方創生の切り札であると考えています。ワインはただボトリングして販売するだけではなく、美食や宿泊と合わせた「ワインツーリズム」として期待がかかります。私が町長になってから、世界的に人気のぶどう品種であるピノ・ノワール、シャルドネなどの国際品種の栽培面積拡大の場合には1.5倍の補助金を出すという政策を打ち出しました。世界の富裕層のグルメ好き、いわゆる「フーディー」やワイン愛好家、国内のFIRE層に向けたワインでアピールしようと考えたのです。これぞ、ワイン×美食のカテゴリーを好む層を誘引するトライブマーケティングです。高級レストランの進出もあり、ワインとペアリングして楽しめる美食のインフラも集積してきました。余市のポテンシャルが、最大限に発揮されようとしています。
|一点突破で集中的にブランディング
ワインのふるさと納税額は3,500%以上に
地域全体の収入を増やして町の財政を再建し、町民の所得も伸ばしていきたい。これが私の目指すところです。北海道には179の市町村がありますが、私の町長就任前の余市町は所得ランキングで165位と低位にありました。そこで核として期待したのがワイン産業です。余市町のふるさと納税は大幅な増収となり、令和3年度(2021年度)は約8億円で、私の就任前後を比較すると1,300%に。特に、ワインは3,500%以上という大幅な伸びになりました。町の財政も健全化を進めたこともあり、現在の町民所得は141位になり、さらに上位を目指しています。
ふるさと納税特別企画「余市町感謝祭」は通常のふるさと納税にはない特産品、コラボ商品を展開するフェスティバルですが、ここではふるさと納税限定の希少なワインセットを提供しており、6000本以上のワインが瞬時になくなるほどのインパクトがあります。町内外を巻き込んだ熱気を肌で感じて思うのは、成長産業の芽には集中的に投資を進め、確固たる成長産業として成立させるべきだ、ということです。
人口減少が進む中、これまでと同じような施策を打ち出していては地域を維持することができません。例えば、フランス・ブルゴーニュ地方のヴォーヌ・ロマネ村です。人口約300人という小さな村でありながら最高峰のグラン・クリュ畑を擁し、世界中からワイン好き、観光客を集めています。人口減の社会でも、高い付加価値を創出する基盤があれば、どんな自治体も成長へのルートを描くことができるのです。
|人口減少社会で自治体はいかに生きるか
「天・地・人」三位一体で価値を創出する
私自身、外務省にいたこともあり、「日本の良さを世界に発信したい」という思いがあります。20年には世界的に著名なレストラン「ノーマ」(デンマーク)でドメーヌ・タカヒコのワインがオンリストされ、2022年には余市町がオーストリアのリーデル社と協定を結びました。同社はワイングラスの老舗であり、この協定から余市町産ワインも世界中のフーディー、ワイン好きに訴求できるようになります。
現在、町内にあるワイナリーは16施設ですが、そのほとんどがドメーヌ型と言われる小規模のもので、生産本数もそう多くはありません。今後も、ワイナリーを立ち上げようという志を持った方が集まってきており、進出を検討している著名なシェフもいます。宿泊施設の建設構想も上がってきており、余市でしか満喫できない「ワイン×美食」のかたちが見え始めてきました。
私は地方創生には孟子が言うところの「天・地・人」が必須だと考えています。天は時流であり、地はその土地ならではの資源、余市ならワインです。そして、最も難しいピースが人――余市町には現在、世界最年少で日本人初となる「マスター・ソムリエ」である高松亨さんが地域おこし協力隊のワイン産業支援員として着任しており、戦略推進マネージャーには江部拓弥さんなどの副業兼業人材を選出。ハイクラスなメディアへのブランド戦略でサポートをしていただくほか、余市町ワイン大使としてお笑いコンビ『髭男爵』のひぐち君を任命。多角的な広報、情報発信にも力を入れてきました。町長として2期目となり、「天・地・人」を強く意識してブランディング、マーケティングを進めています。
「あなたの街が一番だと誇れるものは何ですか?」というテーマから、新たな地方創生の成長エンジンを考えてきました。冒頭に述べた通り、余市町と同じようにワイン産業を起点にしたり、ガストロノミーから町おこしを考えたり、多くの自治体のリーダーが所管するエリアで成長産業を伸ばそうと工夫をこらし、さまざまな取り組みを進めています。その志と着眼があれば、個々で高い付加価値を創出し、「面」となって全体で伸びていけるはずです。
余市町感謝祭(2022年11月3日~11月10日)
https://yoichi.furusato179.com/
齊藤啓輔◎北海道余市町長。1981年北海道紋別市生まれ。2004年に早稲田大学を卒業後、外務省に入省。在ロシア大使館、首相官邸などの勤務、北海道天塩町副町長の出向を経て18年8月に余市町長選挙に出馬して初当選。現在、2期目を務める。