江戸時代に建てられた古民家をリノベーションしたラグジュアリーホテルZenagi

「100年後の日本を作る」をコンセプトに、長野県の南木曽(なぎそ)町で体験型のラグジュアリーホテル「Zenagi(ゼナギ)」を展開するのが、岡部統行(おかべ・むねゆき)氏率いるZen Resorts(ゼンリゾーツ、長野県木曽郡南木曽町)だ。前編では、伝統や文化、自然や暮らしなど地方の“眠れる資源”を再発見・再発掘し、付加価値を付けてホテルというショールームで体験として提供する取り組みや想いを紹介した。後編では、自社のノウハウや人的リソースを活かして収益化するとともに、2030年までに全国で20拠点を作り、地方創生、さらには、日本の再生を地域の人々とともに実現しようとする挑戦・構想を聞いた。



Zen Resortsでは、1日1組限定の体験型ラグジュアリーホテルの一本足打法ではなく、収益源のマルチ化にも乗り出している。プロダクトの開発や、体験型コンテンツやアウトドアをはじめとした観光の企画・開発・運営などのトータルプロデュース、新たなホテルの開設――などである。創業当初のMENEXから社名をZen Resortsに変更したのも、他社や地方自治体の案件で地域活性化事業に取り組み、Zenブランドのホテル・シリーズとして打ち出しの幅を広げようとする想いの表れである。

今、手がけているのは、「ホテルやレストランなどの施設」「体験型コンテンツ」「飲食メニュー」「商品プロダクツ」の開発に加え、「海外市場へのセールスPR」「PR映像コンテンツ等の制作」「国内外の有名メディアを通じたPR」「セールスプロモーションの代行」「地方再生/ホスピタリティ人材の育成」「ガイドや料理人の養成」など、地⽅創⽣事業やアウトドア観光開発の総合コンサルティングや⼈材育成など多岐にわたる。

中でも「体験型コンテンツ」では、これまで40以上の地域に開発人材を派遣。200以上のコンテンツやツアーを造成している。たとえば、岐阜県の美濃地方は、安土桃山時代に織田信長によって「茶園」「茶碗」「茶道」の3つの文化が生み出された“お茶の聖地”。海外のお客様に総合文化としてのお茶を楽しんでもえるコンテンツ開発ができる人材を派遣し、「茶師による、お茶のブレンド&焙煎体験」「美濃焼の現代作家の工房を訪れる体験」「屋外でサムライ時代の茶会を楽しむ体験」などを開発。文化庁のモデル事業にも認定された。他にも、フード開発や海外市場セールスPRなどでは、農水省や経産省のモデル事業に認定されたコンテンツも多い。



パラグライダーやカヌーなどさまざまな体験型アクティビティを用意。ZenagiやZen Resortsが提案する(イメージムービーより)

「オリンピック選手による研修事業にも着手しています。社内にはカヌーやラフティング、スノーボードなどの元チャンピオンもいます。たとえばラフティングを使った企業研修などでは、6人で一つの船をこぎますが、チームワークが良くないとまっすぐに動けず、各人の役割や、意思疎通の重要性が理解できます」。星付きホテルでの経験を有する最高レベルのコンシェルジュを地方や外部ホテルに派遣し、ホスピタリティのある高度人材の育成も行っている。

「会社を立ち上げ時には、2030年までに全国で10か所ホテルを作りたいと言っていましたが、すでに20拠点に上方修正しています。今目指しているのは、日本の中部地方にある魅力的な地方都市をつなぎ、『日本の心』が感じる感動的な旅ができる“日本の新ゴールデンルート”の開発です。従来、インバウンドといえば、東京、大阪、京都に、直島、金沢、あるいは北海道に飛んだりもしていましたが、中部地方に光を当てた、昇龍道とは異なる、新しい観光のゴールデンルートです。

日本のど真ん中に位置する、日本の心を辿る道なので『Heart of Japan』と名付けました」。名古屋を玄関口とし、岐阜の「東濃エリア」、長野の「木曽エリア」「安曇野エリア」、岐阜の「飛騨高山・白川郷エリア」、石川の「金沢エリア」「能登エリア」、そして、富山を一つのルートとして策定。「富裕層を中心としたインバウンド客のゴールデンルートの開拓を目指します。併せて、アルプス地方にウェルネスホテルを、富山に日本酒&シーフードをテーマにしたホテルの建設も計画予定です」。

「食も宿泊もアクティビティも、すべての体験を通じて地域を知ってもらい、共感してもらい、地域のファンを増やしていきます。富裕層ビジネスにはリピーター作りが重要です。また、ウェルネスこそが日本から発信できる新しい価値観であり、世界一の長寿・健康の国が描く『幸せの100年ライフ』をどう構築するのか、サステナビリティなどとも合わせながら追求していきたいと思っています」。

肝心の「Zenagi」を拠点とした南木曽の次の展開は、現在の建物の後ろに広がる段々畑にヴィラ2棟を新設することだ。これまで外国人を中心とした富裕層をメインターゲットにしてきたが、国内の観光客や企業研修などでの利用を促す。ヨモギをはじめとした地元の薬草やハーブ、木曽ヒノキのアロマなど、ボタニカル由来のものを活かしたミストサウナを作る予定だ。また、野菜やフルーツなど地元の産品を加工してスイーツを作るファクトリー(工房)も開設する。これにより、売上げが倍増以上に伸びる見込みだ。


Zenegiでは敷地内にレストランスペースを開業。今後は近隣に現地産品を加工するファクトリーや、新たにヴィラも開発する予定

とはいえ、中小のホテル運営は難易度が高いことに変わりはない。「海外のマリオットやヒルトンのような部屋数が多く、多彩なブランドの数も多い大きなホテルグループは、人・モノ・金のリソースをグループで共有できるため儲けられるかもしれませんが、従来の中小型のホテル業はビジネスモデルが破綻していると感じています。設備投資が必要で、労働集約型、改修費がかさみます。ビジネスモデル成り立っていない。ホテル業は不動産と金融とオペレーションの3つがわかっていないと成り立たちません。とくに、日本の多くの宿はご夫婦で経営されたり、小規模なものがほとんどで、未来がないと思われてきた面もあります。そんな産業ですが、地域の活性化や地方創生など、ホテルは観光には絶対になくてはならなってはいけないハブです。

アマンのような魅力的なホテルをやりたいと思ったら、ある程度の規模のグループがやるか、あるいは、初期投資を下げながら、地域とともに長いスパンで取り組んだり、返済期間を長くするなど、金融法を改正してもらったり、企業を超えたコンソーシアムでコスト削減などをはかっていくなど工夫が必要です。私たちの場合、中小企業庁のエンジェル税制を利用しました。出資者には税制優遇のメリットがありますし、地域創生という社会貢献にもなります」。

「よそ者が新しいことを始めようとすると、最初は、応援してくれる人と同じくらい、文句を言う人もいます。地域の理解を得るのは難しいし、地域と向き合うのは生半可なことではできません。ただし、みなさん、『今のままではダメになる』と頭では分かっていらっしゃって。『50年後』『100年後』という長期スパンでものを考えてもらえるようにすることが大切です。そして、仕事を生み、人を呼ぶことで人口が増え、商売も活性化していくのが目に見えてくると、反応が全く変わってきます。とくに子供の数が増えていくのは喜ばれますね。そういう意味でも、子は宝だなと思いますね。そして、急成長するところはサステナブルではありません。観光業、ホテル業は、地域と向き合い、人を育てて、一歩一歩進んでいく事業。階段は飛ばせません。ストーリーテリングの重要性については前述しましたが、が、ホテルマンがストーリーテラーになり、地域のことをどれだけ話せるかが重要になってきます。今年、五つ星ホテルを経験したコンシェルジュが新たに東京から『Zenagi』に来てくれましたが、長い目でみたら、地域のことに一番詳しい地域の方々に担ってもらうことが大切です。ホテルマン育成のプロジェクトも推進したいと思っています」。

「消滅可能性都市も増えていますし、産業として収益構造が厳しい中小ホテル事業ですが、魅力的なコンテンツ開発やパッケージがあればうまくいく、ということを、証明したいと思っています。使うべき補助金や、資金調達方法なども伝えていきたいですね。僕らはまだ成功していませんが、いろいろなところからお声がけをいただきながら、その証明をしていきたいと思っています。




松下久美(まつした・くみ)ファッションビジネスジャーナリスト。Kumicom(クミコム)代表。ゴルフウエアの販売・バイイングを経て、「日本繊維新聞」の流通担当記者に。2003年からファッション週刊紙「WWDジャパン」でアパレル・小売りや百貨店、商業施設、ラグジュアリーブランドの経営者インタビューやビジネス取材を担当。デスク、シニアエディターを務める。2017年に独立。取材・執筆活動の一方で、サステナビリティやメディア戦略のアドバイスやセミナーのファシリテーターなどを行う。過去にNHK-BS特番で「東京ガールズコレクション」の解説も。著書に「ユニクロ進化論」。