ラグジュアリーホテル「Zenagi(ゼナギ)」を手がける岡部統行Zen Resorts代表取締役CEO

「100年後の日本を作る」をコンセプトに、長野県の南木曽(なぎそ)町で体験型のラグジュアリーホテル「Zenagi(ゼナギ)」を展開するのが、岡部統行(おかべ・むねゆき)氏率いるZen Resorts(ゼンリゾーツ、長野県木曽郡南木曽町)だ。前編では、伝統や文化、自然や暮らしなど地方の“眠れる資源”を再発見・再発掘し、付加価値を付けてホテルというショールームで体験として提供する取り組みを紹介。後編では、自社のノウハウや人的リソースを活かして収益化し、2030年までに全国で20拠点を作り、地方創生、さらには、日本の再生を地域の人々とともに実現しようとする構想に迫る。



岡部氏はもともと、大学在学中に朝日新聞社の契約社員となり、テレビ朝日では報道を担当。ドキュメンタリー番組の制作会社を経て、独立し、「ガイアの夜明け」(テレビ東京)や「ザ・ノンフィクション」(フジテレビ)、「ザ・スクープ」(テレビ朝日)、「夢の扉」(TBS)、「ハイビジョン特集」(NHK)など、数々のドキュメンタリー番組を制作・監督してきた人物だ。オウム事件やブラック企業、自殺問題など社会問題を中心に取り組み、2019年には「警察庁長官狙撃事件」(平凡社)を共著で上梓した経歴を持つ。

「20年にわたりドキュメンタリー番組を手がけてきました。とくにこの10年、テレビが信用を失ってきたと感じる一方で、地方を訪れると、魅力はありつつも、人口が減り、高齢化し、農業も漁業も右肩下がりで、『自分たちの世代で、地域がなくってしまうが、仕方がない……』と諦観を抱く人々を目の当たりにし、地方創生を手伝いたいと感じることが増えました。そんな中、40歳を目前とした2013年にNHKのドキュメンタリー番組を制作するために訪れたオーストリアの『ドロミテマン』で、こんな地方創生の方法があるのかと衝撃を受けました」。

「レッドブル」などがスポンサーにつき、欧州中に放送されるこのレースは、マウンテンランニング、パラグライダー、カヌー、MTBという異種スポーツのリレーで、世界から130チームが出場。「ドロミテマンがきっかけで、街にはアウトドアやスポーツを中心とした文化が生まれ、山奥の小さな街に年間100万人近くが訪れるようになりました。街が栄え、観光業に携わる人も増え、地方創生につながった好事例です。私は日本から初出場した日本人チームに密着。元オリンピック選手もいたのですが、ここで一緒に衝撃を受けた者同士で、こういった体験を共有したり、日本で地方創生に取り組みたいと考え、会社を立ち上げました」。

当初は行政と組んでアウトドア体験を提供する事業をスタートしたが、すぐに限界を感じた。「行政のスピードに合わせていたら、東京五輪で日本に注目が集まる2020年に間に合わない。また、『体験』だけでは地域に十分な消費と交流が生まれない。そこで、宿泊機能のあるホテルを観光ハブとして開設し、周辺の地域や飲食店などにもお金が落ちるような、アウトドア体験×ホテルの仕組みを作ることを決めました」。

候補地を探し歩き、全国200か所以上の中から選んだのが、岐阜との県境に近い南木曽で、棚田の一番上にある、材木屋でもあった豪農が江戸時代に建てた古民家だった。日本の秘境ともいえる場所で、消滅可能性都市でもある。その一方で、深い森や樹齢の長い巨木、滝や渓谷などの神秘的なほどの自然や、江戸時代の面影が残る宿場町、1000年以上の伝統を受け継ぐ木地師による工芸品や、食など、たくさんの「資源」が眠っていたからだ。


棚田の上段に館を構えるゼナギ。周辺には緑が広がる

「南木曽町の人口は長野県内の町で最小の3900人しかいない消滅可能性都市です。けれどもここには、失いかけている日本の原風景が息づいていました。『Zenagi』の名前には、木曽の神々しい山や森、川が織りなす大自然の『然』、農家や漁師が大切に育てた恵みをいただくお膳の『膳』、呼吸を整えるような静かな時間を過ごす座禅の『禅』、そして、すべてを地方再生につなげる善行の『善』という『4つのZEN(ぜん)を、南木曽(なぎそ)で体験する』という意味を込めました」と岡部氏。

「日本の田舎を探検する」をコンセプトに、「エクスペディション~日本を探す旅」と「ウェルネス~心とカラダを健康にする旅」を提案。とくに、日本に足りていない、3つのEX「Export:エクスポート(インバウンドを含め、海外に売る)」「Experience:エクスペリエンス(深い体験/強い共感を作る)」「Expensive:エクスペンシブ(高付加価値/高単価化)」の実装に挑戦した。

「日本の人口減少は加速しており、インバウンドや外需の創造が必要不可欠です。しかも、日本は観光業、ホテル業だけでなく、世界的に『安い国』になってしまっています。海外の人の目線を借りながら、伝統や文化、自然や暮らしなど地方の良さや“眠れる資源”を再発見・再発掘し、高単価に値する高付加価値のものにして提供する。海外の方々に体感を通じて日本の地方や田舎の価値に気づいてもらい、地域に消費と交流を生み出し、経済的循環を目指す。それを触媒にして、日本人が改めて日本や地方、田舎の良さを見直す流れを創出しているところです」。

ちなみに、「『Zenagi』は7割が海外客だったため、コロナの影響をまともに受けてしまいましたが、東京オリンピックの開催と前後して、国内旅行を楽しむ層が増加したのは朗報です。日本人が日本の田舎の価値に気付くのには10年はかかると思っていましたが、コロナで前倒しになり、稼働率もハイシーズンには8~9割近くまで戻りつつあります」。

南木曽の田舎で1泊2食1体験で1人13万円の衝撃、ストーリーテリングを重視


「Zenagi」は日本初の「体験型ラグジュアリーホテル」として、ここでしかできない10以上のスペシャルな体験コンテンツを提案。メインターゲットをインバウンドとし、アメリカ、ヨーロッパ、東アジアなど外国人が好む日本の匠の技や美意識を盛り込んで内装やサービスを設計。1泊2食1体験のオールインクルーシブ型で、コンシェルジュがゲストの要望を聞いて体験をアレンジするとともに、専属のバトラーやガイド、シェフが付く、プライベート感や特別感も特徴だ。これで、開業時は1日3組限定で1人12万円(消費税・サービス料10%を除く)、2022年4月からは1日1組限定とし、1人1泊13万円(同)の「高付加価値×高単価」を実現した。これは、高級リゾートホテルの代表格であるアマンなどに並ぶほどだ。

気になる体験コンテンツは、「オリンピック選手をプライベートガイドにした自然体験」をはじめ、特別に許可された渓谷でのシャワークライミングやカヌー、高度3000メートルを飛ぶパラグライダーなどを用意。自然の中での禅体験など、希望に沿ってパーソナルで希少な体験を楽しむことができる。


アクティビティの一番人気は、神秘的ともいえる秘境の渓谷で楽しむシャワークライミング。最高のリフレッシュ&デトックスに

また、「サムライ時代の古道や宿場町をハイキングする文化体験」では、中山道の宿場町である妻籠宿や馬籠宿など、江戸時代の面影を残す宿場町巡りを行う。地元の人々との交流を楽しみつつ、和紙すきなどにも挑戦できるようにしている。電動自転車での地域巡りも行っている。

すべてにおいて、「ストーリーテリング」と呼ぶ、土地の文化・歴史を色濃く反映させることで、ホテル自体が地域の魅力を伝え、地方創生につながるように工夫。ホテルは地域の「ショールーム」「モデルルーム」と位置付ける。観光開発時には、地域の伝統工芸や地産品に基づいたプロダクトの開発を必須とし、ホテルでの宿泊を通して、地域のストーリーに深く触れることで、商品の価値を深く理解し、ファンとなり、購入やリピートにつなげている。実際、体験ツアーで訪れた伝統工芸に感動して漆器を120万円分購入したり、ホテルの木曽ヒノキ風呂に魅せられて200万円の浴槽を注文したり、ホテルで飲んだ長野ワインを気に入って80万円分を購入するなど需要を創出している。


古民家で使われていた資材や地域の産品、地元の作家などを起用し、土地の記憶を継承し、新たな価値を生み出している

古民家をリノベーションしたホテルの建築や内装でも、「古民家に使われていた建材を活用しつつ、木材や和紙、銅といった地元の素材を用い、地元の職人や現代作家と協業して作った木曽の木材で作ったオリジナル家具やオブジェなど、ストーリーを秘めた、粋を集めたモダンな空間デザインに生まれ変わらせました」と、自ずとサステナビリティを実践している。


新たにレストランを増築し、宿泊せずとも料理を楽しめる仕様に

ここでしか食べられないスローフードもウリの一つだ。このエリアには森から直送される天然のキノコや山菜、熊やイノシシや鹿といったジビエなど産品も多い。開業当時はミシュランの料理人によりメニューを開発。コロナ禍には敷地内に宿泊しなくても使える、ジビエと天然食品が楽しめるレストラン「□△○」を新設している。木曽ヒノキのアロマを使った食なども人気で、「海と森のマリアージュ 〜絆〜」は、“木曽ヒノキのアロマ”と、木曽の森が育てた“伊勢湾のトロさわら”を合わせた一皿で、『フード・アクション・ニッポン アワード2020』で特別賞を受賞。新たにフレーバーチョコレートも開発中だ。


地産地消の野菜やハーブ、ジビエなどを活かした料理は目にも美しい

(後編に続く)



松下久美(まつした・くみ)ファッションビジネスジャーナリスト。Kumicom(クミコム)代表。ゴルフウエアの販売・バイイングを経て、「日本繊維新聞」の流通担当記者に。2003年からファッション週刊紙「WWDジャパン」でアパレル・小売りや百貨店、商業施設、ラグジュアリーブランドの経営者インタビューやビジネス取材を担当。デスク、シニアエディターを務める。2017年に独立。取材・執筆活動の一方で、サステナビリティやメディア戦略のアドバイスやセミナーのファシリテーターなどを行う。過去にNHK-BS特番で「東京ガールズコレクション」の解説も。著書に「ユニクロ進化論」。