近代軍事学の礎を築いた軍人・軍事思想家のカール・フォン・クラウゼヴィッツは、「戦争とは別の手段を用いた政治の継続である」と記した。『戦争論』のこの一節は、あたかも戦争と政治が同一であるかのように引用される。だが、両者は同じではない。クラウゼヴィッツが明確にしたのは、方向性だ。政治が指揮を執り、戦争はそれに従う。戦争は手段であり、政治的目的は「なぜそれをするのか」という根本的な理由である。
米国とイランの合意では、その方向性が逆転している。政治が手段と化し、戦争目標がその理由となっている。イラン政府はいまや、外交、ホルムズ海峡の開放、凍結資金解除の約束を利用して、自軍が戦場で成し遂げられなかったことを別の手段で継続しようとしているのだ。この合意は平和をもたらさない。補給のための一休みにすぎない。
この区別は、ペルシャ湾岸地域に資本を投じている関係者にとって重要だ。北海ブレント原油先物の価格は対イラン軍事作戦中に1バレル=126ドルまで急騰したが、その後は80ドル前後で落ち着いている。エネルギー投資家、湾岸に関連する保険引受を行っている保険会社、海運各社は現在、この価格下落が構造的なものか、それとも一時的なものかを見定めようとしている。そして、その答えは覚書の文言よりも、なぜイランがこれに合意したのか、何を期待したのかにかかっている。
資金のタイムリミット
イランが交渉の席に着いたのは、敗北したからではない。タイムリミットが迫っていたからだ。イラン経済は紛争が始まる前からすでに崩壊していた。国際通貨基金(IMF)の予測では、イランの経済規模は今年約6%縮小し、平均インフレ率は69%近くに達するとみられている。開戦前の時点で年間インフレ率は50%に迫っており、個別品目でみると食料品価格が2倍以上、食用油は3倍以上に高騰していた。開戦の数カ月前に筆者は、イランでは通貨が暴落し、長年イスラム政権の商業基盤となってきたバザール(市場)も崩壊しつつあることを記事にしている。軍事紛争はこうした問題のすべてを加速させた。
イランのジャーナリストの推計では、同国の戦略備蓄は約6カ月分しか残っていない。あらゆる数字がタイムリミットを突き付ける中、交渉に費やせる時間は無限ではない。イラン政府も事態を同様に分析している。戦闘がさらに半年長引けば、交渉における立場は悪化する。そこで、敗北した国家ではなく、存続する国家としてまだ交渉可能なうちに合意を結んだのだ。このタイミングは合理的に見極められたものであり、窮余の対応ではなかった。



