サイエンス

2026.06.15 18:00

なぜヒトの声には個性があるのか? 喉から消えた「膜」の正体

stock.adobe.com

stock.adobe.com

解剖学的な観点から見ると、ヒトの発声器官は意外なまでにシンプルだ。振動する左右2枚のひだである「声帯」、声帯で生み出された音が口から外に出るまでの空気の通り道である「声道」(男性で長さ約17cm)、その声道を満たし音を共鳴させる空気の柱の3つでで構成されている。

advertisement

シンプルであるにもかかわらず、この発声器官からは、言葉などの複雑な発声が生まれる。そして、たとえ会ったことがない人の声であっても、1度耳にすれば群衆のなかで聴き分けられるほど、人それぞれに独自の「声」が生まれる。

発声の仕組みは、ある程度まで解明されている。とはいえ、自然選択はあらゆる方向へと進むことが可能だった。なぜこれほど精密で、他者との違いが明確な声が生み出されたのかについては、いまだに理解されていない。

しかし、何よりも驚くことがある。実に精密で、何百年もの長きにわたる言語の継承を可能にしただけでなく、誰が発した声かがわかるほど個性のあるヒトの声は、進化によって加えられたものではない。そうした声はむしろ、進化が何かを取り除いた結果として生まれたのだ。以下で説明していこう。

advertisement

ヒトの声が誕生した背景にある逆説的な理由

チンパンジー、ニホンザルなどのマカク属、ホエザル属といった霊長類の大半は、声帯の上に「声帯膜」という、薄いリボン状をした構造を持つ。この膜から作り出される音は、無秩序で予測不可能な音の層になり、科学者たちは「非線形音響現象(nonlinear acoustic phenomena)」と呼ぶ。これにより霊長類の発声は、力強く声高だが、根本的には不安定な(長時間にわたって声を出し続けると、振動が乱れる)ものになる。

2022年に『Science』で発表された研究によると、霊長類の中でこの膜を完全に失ったのはヒトだけだ。そのため解剖学的に見て、ヒトの喉頭は、霊長類の基準に照らし合わせると、よりシンプルになっている。そして、シンプルだからこそヒトの発声器官は、安定していて制御しやすく、速やかに変調が可能で、発話の際に必要な音を作り出すことができるようになった。進化が引き算を行なったことと、ヒトの言語が複雑なものであることは連動しているのだ。

しかし、声帯膜の喪失は、変容の説明としてはまだ半分にすぎない。残りの半分は、喉頭より上の声道(supra-laryngeal vocal tract:SVT)、つまり、咽頭と口腔、鼻腔で構成される管状の領域で起きた。 

ヒト以外のすべての霊長類の場合、この管状の領域は、垂直方向と水平方向の長さが一致しない形状をしている。両方の長さが正確な1対1の比率になっているのは、現生人類だけだ。こうした均一の形状のおかげで、舌が垂直方向にも水平方向にも動くため、桁外れに幅広い音を作り出せるようになった。

次ページ > 骨格がヒトの声に及ぼす意外な影響

翻訳=遠藤康子/ガリレオ

タグ:

advertisement

ForbesBrandVoice

人気記事