大小さまざまな経済規模の島々が集まる太平洋島嶼国。その地が次のビジネスフロンティアになるかもしれない。JICAは2025年から民間連携プログラム「Pacific-DIVE(パシフィックダイブ)」を通じて大洋州におけるスタートアップとの開発事業の協働をスタートさせた。昨年夏から大洋州に飛び込んだスタートアップの新たなビジネスモデルの可能性に迫る。
これまで見過ごされてきた「大洋州」に注目が集まる
アジアの隣に位置しながら、ビジネスの観点で魅力的に捉えられていなかったエリアがある。大洋州だ。大洋州はオーストラリア・ニュージーランドのほかに14の島国が存在し、ミクロネシア、メラネシア、ポリネシアの3つの地域に分かれている。天然ガス(LNG)や金・銅などの鉱業が盛んなパプアニューギニアから、観光を経済の柱とするパラオまで、国によって主要産業や経済規模は異なる。

これまでビジネスで着目されにくかった要因として、国土が多数の島々に分散している国も多く、一国あたりの人口規模が小さい、という点が大きい。また国際市場からも遠く、自立的なビジネスを成立させることが難しいこともあげられる。大洋州への進出を目指した企業の多くは、気候変動や環境面での影響を背景に、エネルギー・電力・交通・水資源などの課題に着目してきたが、これらの領域は主に現地政府を顧客とする。しかし、大洋州の国々は人口の少なさから財政規模が小さく、政府を顧客としたビジネスについては、継続的な事業化という壁に直面することが多かった。
しかし、近年、大洋州ならではのビジネス上の魅力が見直されつつある。それは大洋州の国々が小規模であり、規制・制度面での柔軟性が高いことをポテンシャルと捉えることによる発想の転換だ。小規模だからこそ、イノベーションのテストベッドとして、あるいは国レベルでのデファクトスタンダードの事例づくりの場としても活用できる。また、大洋州が強みを持つ産品に着目したビジネスも考えられる。こうした魅力を捉え、新たなビジネス機会を求めて挑戦しているスタートアップが現れている。
森林伐採の代替となる「環境負荷の低いコーヒー産業」の確立を目指す
日本のコーヒーショップで「フィジー産」や「ソロモン諸島産」のコーヒーが飲める日が来るかもしれない。そんな未来を描くのは、京都発の農業スタートアップである坂ノ途中だ。
「100年先もつづく、農業を。」というミッションを掲げる同社が、大洋州で目指しているのは、コーヒーの輸入・販売事業「海ノ向こうコーヒー」の展開だ。
この事業は、同社の代表がラオス北部での過度な焼き畑による森林伐採の現場を目の当たりにしたことが原点。その解決策として考え出されたのがシェードツリー(日陰樹)の下でコーヒーを育てる「アグロフォレストリー」という農法だ。森林でコーヒーの栽培をすれば、森林伐採を減らし、農家の収入源を新たに作ることもできる。
現在は環境負荷の低い農法でつくられる生豆を30カ国以上から仕入れ、主に日本のコーヒーロースターへ販売している。そんな同社が、大洋州に着目した理由は、「コーヒー産業がまだ盛んではないから」だ。海外事業ディレクターの田才諒哉は語る。
「ビジネスの成功だけが目的であれば、すでにコーヒー豆の産地として有名なコロンビア、ブラジルなどに着目するでしょう。しかし、私たちが実践したいのは、環境負荷の低いコーヒー産業を世界へ広げることです。国際機関や公的セクターからの支援を受けながら、現地のコーヒー農家に研修を実施し、栽培技術の向上や機材の供与などを行います」
同社の大洋州での取り組みに際して活用したのが、JICAが行うプログラム「Pacific-DIVE」だ。
JICAはソロモン諸島において、持続的な森林資源管理を支援するプロジェクトを展開している。その中で、農家が森林伐採を減らして代替となる生計手段を持てるよう、ソロモン諸島に常駐するJICAのプロジェクト専門家が、現地の森林・農業関連の省庁やコーヒー関連の民間プレイヤーに、同社のアイデアを紹介し、現地側の関心を醸成した。同社がソロモン諸島に渡航した際の、キープレイヤーとの面談やコーヒー生産現場の視察もアレンジされた。ソロモン諸島以外に、フィジー、バヌアツ、トンガなども視察した。

「国ごとにさまざまな特色があり、もっとも可能性を感じたのがフィジーです。フィジーはサトウキビ産業の衰退を受け、政府が代替の外貨収入源としてコーヒーを政策に明確に位置づけています。今後の展開としては、フィジーをコーヒー豆のハブとしようと考えています。まず大洋州全体のコーヒーをフィジーに集め、観光客を中心にコーヒー豆を販売する。さらに生産量が増えれば、日本に輸出していく。今後もステップバイステップで進めていきます」
フィジーとバヌアツでは、すでに日本へのコーヒー豆の輸入の検討を進めており、販売にむけた動きが加速している。大洋州でビジネスを展開する難しさや面白さを田才はこう語る。
「情報が少なくサプライチェーンの構築も手探りなエリアですが、だからこそまだ誰も手をつけていない広大なポテンシャルがあります。現地に深く根を張るJICAの強力なネットワークや公的セクターのサポートがあるからこそ、こうした障壁を突破し、現地と共に新しい産業を創り出す挑戦ができるのだと感じています」

パラオの豊かな自然を記録し「生物多様性データベース」をつくる
パラオの海域の約80%以上は海洋保護区として登録されている。世界でも最も高い比率で自国の海を保全しながら、ダイビングをはじめとする観光産業とも両立を図っている。このパラオに注目するのが、京都大学発のスタートアップであるバイオームだ。
同社は2017年創業以来、生物多様性に特化した事業を展開してきた。代表プロダクトは、写真を撮ると生き物の名前がわかる独自のAIを搭載した無料スマートフォンアプリ「Biome(バイオーム)」。累計125万以上ダウンロードされ、投稿記録数は1,100万件以上だ。そのデータベースをもとに企業のTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)対応支援や自治体と連携した市民参加型の生き物調査など、生物多様性の保全に向けたプロジェクトを手がける。

同社は、海外展開に注力するタイミングでPacific-DIVEの存在を知り、すぐに応募を決めた。新規事業室室長の古賀久善は、その理由をこう語る。
「生物多様性が豊かな地域への展開を考えていました。大洋州は海洋の自然が非常に豊かであり、意義のある取り組みだと考えました」
古賀は大洋州に2度渡航し、現地の政府機関や民間企業、研究機関、NGOなどとの事前ヒアリングに加え、現地での面談や視察などを行った。
「これから海外展開する我々のようなスタートアップが、現地の方と接点を持つことは容易ではありません。事業展開で現地のネットワークや知見をもつJICAのプログラムを活用したことで、政府機関や民間企業が快く面談を受け入れてくれました」
現地視察により、仮説と異なる課題や新たなニーズを知ることもできた。
「当初は、観光客にバイオームのアプリで生き物の写真を投稿してもらい、そのデータを環境保全に生かすビジネスモデルを想定していました。しかし、実際は電波が届かないエリアが多く、また現地のツアーガイドの多くは、生き物や生態系を専門に案内しているわけではないため、観光客向けアプリとして展開するには、利用方法の工夫が必要だとわかりました。一方で、現地の研究機関やNGO、博物館から『パラオの子供たちや住民に対する環境教育に活用できるのではないか』という意見が出てきました」

さらに大きなニーズとして見えてきたのが、国としての生物多様性の情報基盤構築だ。パラオの大臣との対話を通じて、自然に関するデータが分散しており、政策判断や観光管理に活用できる形で統合・分析する仕組みが不足しているという課題が見えてきた。この課題解決につながる知見を、バイオームは有している。
「これまで日本で行政と連携して生き物のデータベースを構築してきました。2026年4月には、インドネシアの政府機関と生物データの収集・解析などに関するMoUも締結しました。こうした実績を生かせる可能性を感じています」
パラオでビジネスを行う醍醐味を、古賀はこう語る。
「コンパクトな経済規模だからこそ、意思決定のスピードが早く、実証なども進めやすい。そして、大洋州ではこれから整備が進むデジタル・情報基盤の段階から関与できる可能性があるところが醍醐味です。気候変動により世界的にこれまで以上に自然に関するデータの需要が高まっている中、国レベルで広くデータベースを作成、整理し、新しいビジネスチャンスと出会うことができるのは大洋州でのビジネスならではです」
JICAが大洋州でのスタートアップとの共創を強める理由
JICAが2023年の開発協力大綱改定を受け、民間企業との共創によってJICA事業の成果やインパクトの拡大を図ろうとする中で、大洋州は長らく課題を抱えているエリアだった。市場規模が小さくビジネスのスケール化が容易ではないだけでなく、現地パートナーの探索や情報が限られるなど、ビジネスの初期参入のハードルが高かったのだ。
そこで生まれたのが、スタートアップに特化した民間連携プログラム「Pacific-DIVE」だ。2025年度に始動したこのプログラムは、なぜスタートアップに着目したのだろうか。Pacific-DIVEを担当するJICA東南アジア・大洋州部 東南アジア第六・大洋州課長の岩野淳之介は語る。
「スタートアップの方々は、小規模市場でも成立するビジネスモデルを設計する力があり、仮説検証のスピードが速い。そして、未成熟の市場に飛び込む意欲がある。大洋州の特性との親和性が高く、開発課題の解決に貢献しうるアプローチを共創できると考えました」
前述の坂ノ途中とバイオームはPacific-DIVE第一回の採択企業だ。JICAがこの2社を採択したポイントは大きく二つある。一つめは、政府や現地の市場だけに頼らないマネタイズの手法を持つビジネスモデルを提案したこと。二つめは、経済規模が小さな大洋州にも対応可能なビジネスモデルであり、ブランディングによって高付加価値を生み出せる点だ。
「第一回を終えての収穫は、大洋州がイノベーションの実証の場として機能するという気づきです。大洋州の小規模で分散した市場は、日本の未来予測である過疎化した地域に重ね合わせることができます。企業からは、大洋州でビジネスモデルを構築する経験が、将来の日本市場での競争優位を築くことにつながるという意見も聞かれました」
第二回のPacific-DIVEの募集は2026年6月から始まる。どのようなスタートアップを対象としているのだろうか。
「限られた環境で成立するビジネスの設計力を持ち、現地の人々とパートナーシップを築く意欲と、未開のフロンティアに踏み出す意志を持つ企業を求めています」
JICAとスタートアップが互いの強みを生かしながら、未踏の市場を切り拓き、同時に開発課題の解決を模索する。大洋州はその大舞台となる可能性を秘めている。
独立行政法人国際協力機構(JICA)
https://www.jica.go.jp/
第二回「Pacific-DIVE」公募・セミナー情報
https://www.jica.go.jp/information/event/1581943_23420.html



