土屋自身からは驚かされる話が返ってくることもあった。その1つが、北野武監督の映画「アウトレイジビヨンド」(2012年)だ。
関西ヤクザの総本部の屋内撮影に、神戸市の迎賓館施設として利用されていた「相楽園会館(現在はTHE SORAKUEN)」を使用したのだ。ダメ元と思いながら担当部局に相談すると、なんと快諾されたという。
神戸フィルムオフィスの切なる願い
一方で、彼女には大きな悩みもある。いまでは年間で200件ほどの映画やドラマ、CMなどの撮影を支援しているのだが、ストーリーのうえでの舞台が神戸ではない作品が多数を占めるのだ。
東京の「代替地」として使われることも多い。それではロケ地として便利に使われているだけで、神戸の街のアピールにつながっていかない。
そもそも神戸フィルムオフィスの活動資金は神戸市からの補助金だ。当初は神戸の街が映画で使われるだけで注目された。しかし、いまは観光客の増加や街のブランディングが求められるシビアな時代だ。成果がなければ事業の死活問題にもつながりかねない。
とはいえ、撮影にはたくさんの人たちが関わるので、副産物としての経済効果は絶大だ。例えば2023年度では、撮影スタッフの宿泊費や飲食費、撮影資材費といった直接的な経済効果は4億2685万円に達した。
Netflixの「シティーハンター」(佐藤祐市監督、2024年)や映画「帰ってきた あぶない刑事」(原廣利監督、2024年)などの長期撮影によるものだが、これらは市内の経済を確実に潤している。
しかし、神戸フィルムオフィスとしては、やはり神戸を舞台に描かれたストーリーを映像にしたいというのが切なる願いだ。
映画製作は、原作が存在して映像化するケース、独自の企画で脚本を開発していくケースなどさまざまなので、神戸を舞台にした映像制作を実現するための「魔法の杖」はない。
そこで、最近はロケの相談などを「待つ」姿勢から一歩踏み出して、映画の脚本づくりから補助金を出すなど、企画段階の「上流」にまで働きかけることなども試みている。
ところが最近、ロケーション撮影自体にも強力なライバルが出現した。
それはテクノロジーだ。コンピュータグラフィックスに生成AIを組み合わせた映像制作の進歩は今後も続くだろう。さらにスタジオにある巨大LEDディスプレイに背景を投影し、その前で演じる役者たちを撮影する「インカメラVFX」という技術も一般化しつつある。
だが、土屋は「技術が進んでも、ロケ撮影自体はなくならないです」と力強く語る。確かに、どんなに精緻な画像が生成できても、質感や遠近感で実写に及ぶことはまずない。さらに、予期せぬ光の移ろいや、現場の空気のなかで俳優たちが演じる緊張感という点でもロケーション撮影に軍配が上がる。


