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2026.05.13 14:15

AIと宗教の邂逅、デジタルの衣装をまとったロボット僧侶が続々と登場!

Phattaradanai - stock.adobe.com

韓国と日本、微妙なアプローチの違い

冒頭に紹介した日本の「ブッダロイド」は、生成AI技術を核心に据えた次世代の宗教AIロボットだ。その最大の特徴は「学習する」という点にある。参拝者との対話を積み重ね、経典の解釈を深め、問いに対する答えの精度を高めていく。静的なプログラムではなく、動的に成長する存在として設計されている。

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ブッダロイドは、「合掌」という、仏教において最も基本的かつ象徴的な所作を正確に再現し、般若心経を唱える。そして訪れた人々の悩みや問いに、蓄積された仏典の知識と生成AIの言語処理能力をもって応答する。

日本の宗教人口も、韓国と同様、深刻な減少傾向にある。神社や仏閣の後継者不足は社会問題となり、無住寺院(住職のいない寺)の数は全国で増え続けているという。地方の過疎化と宗教施設の維持という二重の課題を、AIが解決の糸口になり得るのか。ブッダロイドはその重要な試みでもある。

とはいえ、韓国と日本、ともに仏教国家としての歴史を持ちながら、宗教AIへのアプローチには微妙な違いも見られる。

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前出の韓国のカビは、「受戒」という儀式的・制度的な文脈でAIロボットを位置づけた。これは挑発的とも言える選択だ。

受戒には仏教的な意味づけがある。ロボットに戒を与えるということは、AIを宗教共同体の「成員」として認めることに近い。そこには、ロボットを道具として使うのではなく、ある種の「存在」として迎え入れるという姿勢が読み取れる。

日本のブッダロイドは、より実用的で機能的な文脈で語られる。説法をし、お経を唱え、質問に答える。それは宗教的な「サービス」の提供であり、人手不足を補う「ツール」としての側面が前面に出ている。

京都の高台寺の観音マインダーのときも、「ロボットに仏性はあるか」という問いはあったが、それは学術的・芸術的な文脈に留まった。

どちらが優れているという話ではない。ただ、両国の違いは、AIに何を期待するか。「存在」として迎えるのか、「道具」として使うのか——という問いの違いを映し出している。

そしてその問いは、宗教だけでなく、AI全般に対する人間の向き合い方の問題でもあるのだ。

文=アン・ヨンヒ

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