カルチャー

2026.05.13 17:15

売れ残った夢が、都市をつくる ── バルセロナ、グエル公園の百年 | 宮田裕章の辺境未来論 第7回

都市の価値は、いつ決まるのだろうか。市場に受け入れられた瞬間か、それとも、長い時間をかけて社会の感受性そのものが変わったときか。バルセロナのグエル公園は、もともと富裕層向け住宅地として構想されながら、ほとんど売れなかった“失敗した開発計画”だった。だが百年後、その丘の上で試みられた美意識は、都市そのものの精神を書き換えている。

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バルセロナの北、かつて「草木のない山(Muntanya Pelada)」と呼ばれていた丘の上に立つと、時間が反転するような感覚に襲われる。入口には色タイル、トレンカディスのドラゴンが控え、その先の大広場を縁どるのは、蛇のようにうねりつづける長いベンチ。砕いた陶片を組み合わせた極彩色のモザイク、童話のような門番小屋。世界中のカメラが、いっせいにこの不思議な風景に向けられている。ユネスコ世界遺産、グエル公園(Parc Güell)。アントニ・ガウディの代表作のひとつである。

しかし、この場所が、もともと「公園」として構想されたものではなかったことは、意外と知られていない。

1900年、カタルーニャの実業家エウゼビ・グエルは、英国式の住宅公園、そして田園都市的な構想に触発され、バルセロナを見下ろすこの丘に、富裕層向けの戸建分譲地を計画した。「Park」と英語で冠されているのは、その英国モデルへの敬意でもあった。

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グエル公園の大トカゲ
グエル公園の大トカゲ

設計はアントニ・ガウディに託された。約60の三角形の区画を地形に沿って配し、建物が建てられる面積は区画の六分の一に限る。互いの視界を妨げず、海への眺望と日照を分かち合う。道、橋、階段、広場、雨水を集めて地中に貯めるしくみまでが、土地の呼吸を損なわないように組み込まれていた。そこには住宅販売のプランにとどまらない、自然、光、水、眺望、共同性をひとつの布として編みあげる地域計画の意志があった。

ところが、この夢はほとんど売れなかった。

1914年に事業が頓挫するまでに実際に建った家は、たった二棟。ひとつはグエルの友人であった弁護士マルティ・トリアスの家。もうひとつは買い手を呼び込むための見本住宅であった。しかし結局そこに住むことになったのは見込み客ではなく、1906年に父と姪を伴って移り住んだガウディ自身であった。グエル本人は敷地に元々あったララール邸に住み、二人と少数の理解者たちは、この夢をしずかに生き延びさせていたのである。交通の便の悪さ、複雑な販売条件、そして時代に対して早すぎた感性。商業的には、完全な失敗であった。

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文・写真=宮田裕章

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