暗闇への恐怖はどこから受け継がれるのか
暗闇を恐れる感覚が文化的に伝播したものではなく、生物学的に備わっていることを示す最も顕著な証拠は、発達心理学にみられるかもしれない。臨床児童心理学の学術誌『Journal of Clinical Child Psychology』に2000年に掲載された研究論文では、調査対象となった全年齢層の子供たちに最もよくみられた恐怖の対象のひとつが「暗闇に対する恐れ」であり、幼児期の4~6歳をピークとして、その後は徐々に減衰していくことが明らかになった。このパターンは文化をまたいで確認され、その差異は驚くほど小さい。
こうした文化を超えた普遍性は極めて重要だ。アフリカの肉食獣に関する自然ドキュメンタリーを一度も見たことがなく、夜をめぐる文化的神話を特に持たない環境で育った子供たちでさえ、同じ発達段階において同じ恐怖のパターンを示す。
もし、この恐怖が主に学習されたもの、すなわち心配性の親や怖い物語、何らかの文化的メッセージから吸収された反応であるならば、社会によって大きな違いが生じるはずだ。しかし、実際にはそうではなく、確認されているのはむしろ学習された行動というよりも、発達プログラムが起動したかのようなパターンである。
これは、記録に残っている人類社会の大部分──狩猟採集社会、牧畜社会、農耕社会──において、人類は集団で火のそばに留まり、自然光のゆるやかな明るさの変化に促されて眠りに就いてきたからだ。
閉め切った真っ暗な部屋で子供がひとりで眠るという西洋の習慣は、人類の長い歴史の中ではごく最近になって出現した異例の慣習にすぎない。要するに、人類の進化の過程の大部分において、真の危険を意味していたであろう状況に子供を置いているのだ。そのような状況下で恐怖反応がしっかり活性化するのは、驚くには値しないどころか、完全に理にかなっている。
しかも人類には、連綿と続いてきた火との付き合いがある。人類の祖先とされるホモ・エレクトスが火を管理しながら利用するようになった時期は、約100万年前にさかのぼる。つまり、その後100万年間にわたり、地球上のあらゆる人類社会において毎晩、火を利用した営みが繰り返されてきたのである。単に暖を取ったり調理したりするだけでなく、明かりとしても火は活用された。火を中心に円く広がる視界は、暗闇とそこに潜む脅威を対処可能な距離まで遠ざけてくれる。人類が開発し、100万年もの間ずっと維持してきた最初の技術は、その核心において、恐怖を管理するシステムだったのだ。
ここにはすばらしい学びがある。たとえ駐車場の暗がりに不安になる自分が間抜けに思えてしまう時があるとしてもだ。暗闇への恐怖は、合理性の欠如ではない。それは、はるか昔から受け継がれた合理性であり、暗闇が統計的にも経験則においても確実に危険なものであった世界に対する調整された反応なのだ。夜がおおむね安全になった現代に、その反応を引き継いでいるからといって、それは決して非合理的なことではない。


