ドルなど法定通貨に価格を連動させる暗号資産「ステーブルコイン」は、決済や暗号資産取引の基盤として急成長してきた。市場全体の流通残高は数千億ドル(数十兆円)規模に達し、現在は数十社の発行者が乱立している。
米国は2025年7月、業界初の連邦法となるGENIUS法を成立させ、規制の枠組みを整備した。当時、暗号資産業界は「ついに規制の明確化が実現した」と歓迎ムードに包まれた。
だが、米財務省が2026年4月に公表した規則案は、ステーブルコイン発行者にも銀行水準の義務を課すものだった。施行は2027年1月。米国の銀行は、マネーロンダリング防止やテロ資金供与対策のため、銀行秘密法(BSA)の下で重い報告・監視義務を負う。そのコンプライアンス費用は人件費の1割超、データ処理予算の2割前後を占めるのが実態だ。
流通残高約29.55兆円のTether(テザー)、約11.85兆円のCircle(サークル)は対応できる。だが残る数十社の発行者にとっては、事業継続そのものが問われる。市場の景色は大きく変わる可能性がある。
規制の明確化を歓迎した業界が見落とした、財務省の共同規則案
米国時間4月8日、財務省の金融犯罪取締ネットワーク(FinCEN)と外国資産管理局(OFAC)は、暗号資産業界の大半が見落としたか誤読した共同規則案を公表した。この規則は、許可型決済ステーブルコイン発行者(新たな規制上の略称でPPSI)を銀行秘密法(BSA)上の金融機関として扱うというGENIUS法の要件を具体化したものだ。完全なAML/CFT(マネーロンダリング防止・テロ資金供与対策)プログラムの構築。FinCENへの疑わしい取引報告(SAR)の提出。銀行水準の顧客デューデリジェンス。オンチェーン取引をブロック・凍結・拒否するための技術的能力。OFAC制裁コンプライアンスプログラム。パブリックコメントの期限は6月9日。最終規則は7月18日までに確定。施行は遅くとも2027年1月に開始される。
GENIUS法が2025年7月に成立した際、デジタル資産業界全体の反応はほぼ一様に好意的だった。ついに規制の明確化が実現した、枠組みができた、正統性が与えられた──。だが、その明確化がいかにしてもたらされるのかという具体的な仕組みには、十分な注意が向けられなかった。コンプライアンスの観点から、ステーブルコイン発行者は今や銀行である。銀行のような存在ではない。「同様」の基準が適用されるのでもない。銀行である。そして銀行であることのコストは、ほとんどのステーブルコイン発行者がこれまで考えたことすらないものだ。
銀行秘密法(BSA)遵守は人件費の1割超を占める固定コストに
これから起きることを理解するには、すでにBSAの適用を受けている機関にとって、そのコンプライアンスがいくらかかっているかを見るとよい。州銀行監督者会議(CSBS)の10年間のデータによれば、伝統的金融において最も小規模に位置することが多いコミュニティバンクは、総人件費の11%から15.5%をコンプライアンス業務に費やしている。小規模銀行のコンプライアンス関連データ処理コストは、予算の16%)から22%を占める。米国の金融機関全体では、コンプライアンス費用は2008年以降、年間約500億ドル(約7.9兆円。1ドル=158円換算増加した。これらは任意の経費項目ではない。米国の金融システム内で事業を営むことを許可されるための固定コストなのだ。
こうした義務をステーブルコイン発行者に当てはめるとどうなるか。FinCEN/OFACの規則案は、PPSIに対し、リスクベースのAML/CFTプログラムの構築・維持を求める。これは単なる方針文書ではなく、運用インフラである。訓練を受けたコンプライアンス担当者。暗号資産ネイティブな決済フローに合わせて調整された取引モニタリングシステム。SAR提出手続き。高リスク顧客への強化デューデリジェンス。継続的な規制当局の検査。そして、伝統的な銀行業務に実質的な類例がない新要件──ブロックチェーン上で特定の取引をブロック、凍結、拒否する技術的能力。最後の要件だけでも、多くの発行者が見積もりすらしていないエンジニアリング投資を要する。
GENIUS法はまた、PPSIが準備資産として保有すべきものを具体的に定めている。現金の米ドル、保険付き機関の要求払預金、残存期間が93日未満の米国財務省短期証券(T-bills)、同じ国債で担保されたレポ取引、それら資産に投資するマネーマーケットファンド、または中央銀行準備預金だ。特殊なものは何もない。本格的に事業を営む発行者の多くはすでに同等の資産を保有しているため、準備要件は高コスト部分ではない。だがGENIUS法は、準備資産の構成について月次のアテステーションを義務づけ、各報告書にはCEOとCFOの認証を求める。これは監査インフラである。個人責任である。オフショアの会計事務所から四半期報告を受け取るだけでは足りず、社内弁護士と専任の財務スタッフを要する類いの義務である。



