最も妥当なワインの楽しみ方
さて、ソムリエとのやり取りをスムーズに進めるために、入店前からひとつ準備しておくと便利なことがあります。今夜の飲酒量を、ざっくりとでもシミュレーションしておくことです。といっても難しい話ではなく、例えば私の場合なら、以下のようなイメージを組み立てておきます。
「今日は4人で会食だ。泡1本、軽い白1本、重い白1本、それに赤を1本かな」
「今夜はよく飲むメンバーで3人だ。最低でも1人1本計算だから、トータルで3~4本。まずは泡・白・赤を各1本確定させて、様子を見て良さそうなのをもう 1本追加しよう」
「2人でのディナーなら、シャンパーニュと赤をそれぞれボトルで1本ずつ、計2 本だな」
「今夜はあまり飲まない方とご一緒するので、シャンパーニュを1本通しで楽しみ、メインに合わせて赤をグラスで1杯ずつ。これくらいに留めておこう」
もちろん、実際にワインリストを見てから注文するワインの種類をガラリと変えることは多々ありますが、飲む総量の目算が大きく狂うことは稀です。このイメージがあるだけで、ソムリエとのやり取りに迷いがなくなり、話がスムーズに進むはずです。
ここで、忘れられないエピソードをひとつ紹介したいと思います。以前、友人とあるフランス料理店を訪れた際のことです。メインに合わせて「これかな」と思う1本をリストから選んだのですが、ソムリエールから意外な提案を受けました。
「お客様、実は私は以前〇〇というレストランに勤めておりまして、当時おふたりがいらっしゃったことをよく覚えています。その際にお持ち込みになられたワインの傾向から察するに、同じ価格帯であれば、お選びの1本よりもこちらのほうがお好みに合うはずです。今夜の料理との相性も抜群ですので、ぜひこちらを試していただけませんか」
客の注文を正面から否定するとは何とも度胸のあるソムリエールだと感心しましたが、彼女にとっては極めて論理的な導きだったのでしょう。過去の経験、顧客管理、そして今夜の厨房の仕上がりと、セラーに眠る飲み頃の手札。それらを総合的に演算した結果その1本が導き出されるのは、彼女にとってアキネーターのように必然的な結論だったのかもしれません。
もちろん、その1本が完璧な選択であったことは言うまでもありません。たとえ私がどれほどワインに詳しかったとしても、その日の料理の細かな味付けや、店の在庫状況までは把握できません。自力では逆立ちしてもこの1本には辿り着けなかったでしょう。ある程度の方向性を伝えたのなら、あとは店に専属する専門家に任せてしまう。それこそが、最も妥当なワインの楽しみ方だと私は確信しています。
思えば、ワインとはつくづく人に依存する飲み物です。造り手、料理人、ソムリエ、そして共に食卓を囲む仲間たち。その日その場に居合わせた人々の手と知恵が重なって、はじめて1杯が完成する。そう考えると、グラスの中のワインは、その夜だけの小さな共作なのかもしれません。
結局のところ、ワインは美味しく味わって、楽しく酔っぱらったもん勝ちです。どうか難しく考えないでください。わからないことはどんどん聞いて、プロに任せる。ゲストは適当でいい。もっと気軽に、肩の力を抜いて捉えて良いのです。そして、こうした経験を積み重ねるうちに、いつか理屈抜きで好きだと思える1本に出逢うことがあるでしょう。そのワインに興味を持って、写真を撮って、名前を検索したその瞬間から、貴方はもう立派なワイン愛好家です。
知的でいい加減なワインの世界へようこそ。


