米国の富裕層向けクレジットカード市場は、長年アメリカン・エキスプレスの「プラチナ」「Centurion(ブラックカード)」、JPモルガン・チェースの「Reserve」などの大手が独占してきた。しかし今、この牙城に挑む新興企業Atlasが急成長している。
Atlasを率いるパトリック・ムロゾウスキー(30)のスタートアップは、4年前には経営破綻の瀬戸際にあったが、現在ではまったく異なる。テック業界のビリオネアが年会費約1000ドル(約15万8000円。1ドル=158円換算)を払ってでも、同社の招待制カードを手に入れようとしている。
破綻寸前だった新興フィンテックが、超富裕層向け戦略へと大きく舵を切る
2022年4月、ムロゾウスキーが率いるサンフランシスコのデビットカード新興企業Pointは、立ち行かなくなると見られていた。創業3年目だったこのフィンテック企業は、年会費100ドル(約1万5800円)で日常の買い物にキャッシュバック特典を付けるサービスを提供していた。しかし、顧客基盤は小さく、その規模も縮小していたため、主力商品の全面的な見直しを迫られていた。その一方、2021年のフィンテックの資金調達ブームを追い風にした競合各社が次々と台頭し、Pointを取り巻く競争環境は一段と厳しさを増していた。
銀行パートナーColumnとの契約打ち切りで、Pointは顧客を1人残らず失う
そこに追い打ちをかけたのが、最も重要なパートナーだったColumnからの契約打ち切りだった。Pointのデビットカード発行基盤を支えていたのは、ビリオネアのウィリアム・ホッキーが所有するFDIC(米連邦預金保険公社)加盟銀行のColumnだった。
Columnの広報担当者は、これはPointにおけるコンプライアンス上および法的な問題を確認したためだと説明している。一方ムロゾウスキーは異議を示し、当時は銀行とフィンテックの提携全般に対する規制当局の監視が強まっていたことが理由だと述べている。またムロゾウスキーは、Pointはすでにデビットカードの提供から撤退する方針を決めていたため、Columnで開設したアクティブな消費者口座もすべて閉鎖する措置に踏み切ったと付け加えている。
「我々は、抱えていた顧客を1人残らず失った」と、CEOであるムロゾウスキーは、自身のスタートアップの近くにある、グリニッジ・ビレッジのコーヒーショップで振り返る。銀行パートナーを失うのは、1年で2度目だった。その結果、近く予定していた製品の刷新も、無期限で先送りせざるを得なくなった。
2023年2月、Pointはフォーブスの「苦境にあるゾンビ・フィンテック25社」のリストに掲載され、存続が危ぶまれる状態に陥った。ムロゾウスキーは、「あの時期のことはあまり思い出したくない」と話す。細かな記憶も、ところどころ曖昧になっているという。「PTSDのようなものだ。つらい記憶の部分だけ、消えてしまったような感覚がある」と振り返った。
戦略転換のヒントは、カード利用額の9割が顧客の15%に集中するという事実
だが、彼はここで諦めるつもりはなかった。Pointのデータサイエンティストが分析したところ、カード利用額の90%は、15%の顧客によるものだった。この結果から、ムロゾウスキーは、収益への寄与が小さい一般顧客を相手に、集客や対応にコストをかけすぎていたことに気づいた。
彼は、個人向け金融市場の最上位層に狙いを定めるスタートアップがほとんど存在しないことに着目した。そして、超富裕層を引きつけるためには、これまでとは別のアプローチが必要だと判断した。こうした顧客は、キャッシュバックやポイントにはそれほど関心を示さない。「彼らが求めているのは、一流レストランへのアクセスだ。重視するのはサービスであり、あらゆる体験が面倒なく、なめらかにつながることだ」とムロゾウスキーは語る。



