米国とイランの停戦協議が11日から12日にかけ、イスラマバードで行われた。米代表団を率いたバンス米副大統領は、合意を得られないまま、帰国するとした。イランがホルムズ海峡をコントロールして、米国の同盟国や友好国に経済的な苦痛を与え続けるなか、泥沼状態から抜け出せる兆しは見えないままだ。
米外交問題評議会(CFR)は今年1月、過去の米政府による外交政策決定について「ベスト10」と「ワースト10」をそれぞれ選んだ。ベスト1は欧州の戦後復興を支援したマーシャル・プランが、ベスト2には国連の創設がそれぞれ選ばれた。いずれも、トランプ米政権が毛嫌いしている政策だ。逆にワースト1には2003年のイラク侵攻、ワースト2には1965年のベトナムへの米戦闘部隊の展開がそれぞれ入った。
イラク侵攻はドナルド・ラムズフェルド国防長官が、ベトナム戦争初期はロバート・マクナマラ国防長官がそれぞれ担当した。ラムズフェルド氏は個性の強い性格で、国防総省内や同盟国との議論でも、たびたび強い口調で相手を批判したり、皮肉を効かせたりして、周囲を困惑させた。ただ、同時に米軍の海外展開における負担を極力減らすため、新たな軍事技術を利用した「トランスフォーメーション」戦略を推進するなど、確固たる軍事哲学を持っている人物という評価を受けた。イラク侵攻の場合、その前提となるイラクの大量破壊兵器の保有という情報機関の分析が誤っていたという悲劇もあった。
マクナマラ氏は、南ベトナムの勝利が可能だと判断するなど、米国をベトナム戦争に引きずり込んだ明白な責任がある。途中から、米国の勝利に疑問を抱き始め、北爆の縮小などをホワイトハウスに提起したが、大統領選などを巡る思惑からジョンソン大統領に拒否される憂き目に遭い、その後国防総省を去った。
ワースト1とワースト2の政策判断に立ち会った国防長官からは、それなりの苦悩や努力もうかがえるが、トランプ政権のピート・ヘグセス国防長官はどうだろうか。米ニューヨーク・タイムズ(NYT)は7日、トランプ政権がイラン攻撃を決断するまでの過程を検証する記事を伝えた。記事によれば、バンス副大統領、ルビオ国務長官、ラトクリフ中央情報部(CIA)長官らは、最終的にイラン攻撃を決めたトランプ氏に従ったが、それぞれが「(イラン攻撃は)良くない考え」(バンス氏)、「(政権転覆が可能だというイスラエルの主張は)茶番劇」(ラトクリフ氏)など、逡巡した思いも伝えた。



