虫垂は、臨床的な意味を持つ臓器だ。虫垂炎はありふれた疾患ではあるが、生死にかかわるケースもあるためだ。従って、虫垂の目的を解明する研究の大部分は、人間に焦点を当てて行われてきた。それと同時に、虫垂炎が人間以外の種で観察されたことは一度もない。つまり、より幅広い哺乳類を対象に、虫垂を研究するための誘因はほとんどなかったのだ。
こうした事情がすべて重なり合った結果、虫垂については非常に断片的な理解しか得られてこなかった。人間の虫垂が異常をきたした場合に何が起こり得るかはかなり明らかになっているが、虫垂がそもそも存在する理由となると、解明が進まないままだった。
これには、研究者がたった一つしかない単純明快な臓器に目を向けていなかったという背景がある。とはいえ実際のところ、あまり知られていないことだが、虫垂は複雑な過程を経て進化し、種によって異なる形で発現する仕組みだ。長いあいだ、人間を中心にして狭い視点で研究されてきたことを考えると、虫垂の目的について見解が一致しなかったのも無理はない。
虫垂の実際の役割
このように複雑に絡み合う要因があったものの、進化研究の結果、虫垂の全容がついに明らかになりつつある。腸内細菌に関する学術誌『Gut Pathogens』で2025年、増え続ける虫垂研究を総合的にまとめたレビュー論文が発表された。全般的には、これまで思い込んできたことに反して、虫垂が無益な臓器などではまったくないことが示された。それどころか、体に良い腸内善玉菌にとっての「安全な隠れ家」という役目を果たしている可能性が高いという。
人間の腸は、精力的に働く膨大な細菌の住みかだ。そうした細菌は「マイクロバイオーム」という総称で呼ばれており、消化や免疫機能、さらにはメンタルヘルスという側面でも、非常に重要な役割を担っている。細菌のバランスを保つことは健康に不可欠だ。ただし問題は、その仕組みが非常に脆弱でもあることだ。
祖先が暮らしていた大昔、人間は、細菌にさらされて下痢をよく起こしていたはずだ。そうした感染症にかかると、腸内細菌の大部分は実質的に外へと押し出され、消化器官は疲弊して脆弱な状態になってしまう。そこで登場するのが虫垂だ。
解剖学という観点から見ると、虫垂は右下腹部に位置し、大腸から飛び出したような形になっている。チューブ状で細長いため、たとえ消化器官が不調をきたしても、虫垂内部が空になることはなかなかない。おかげで、腸のほかの部分が不調でも、虫垂は、有益な細菌が生き残る上で理想的な避難場所になっていると、『Gut Pathogens』に掲載された研究では説明されている。
病気が癒えると、虫垂にいた細菌は腸内に新しく集団を形成し、マイクロバイオームのバランスがより速やかに元に戻っていく。簡単に言えば、虫垂は生物学的なバックアップ・システムとして機能するわけだ。
注目すべきは、こうした推論が、虫垂の免疫学的な特性としてすでに得られている知見と一致していることだ。虫垂は、リンパ系組織を多く有している。すなわち、マイクロバイオームと免疫システムの相互作用を調整する役割も果たしていることになる。
虫垂は、腸内細菌の保管と管理調整という二つの役割を担っている。このことから、目立たず、特定の状況下でしか機能しない虫垂が、人間が進化するあいだもずっと存在し続けてきたのはなぜなのかがよくわかる。虫垂は、厳密な意味で必要不可欠だとは言えないかもしれないが、決して無用なものではない。


