海外就職の実現プロセス:三者三様のアプローチ
パートナービザで移住後、現地就職
山田:私は小さい頃から英会話スクールに通い、家族での海外旅行を通じて、長野県諏訪市という田舎で育った自分の世界だけが全てではないと気づきました。高校留学を考えましたが家族に心配され断念。日本の大学に進学しましたが、1年生の夏にオックスフォードに留学した際、日本語に一切触れない生活を送り「意外といけそう」という自信が湧き、イギリスのエクセター大学に編入しました。
現地就職については、一度日本の大学を辞めて海外の大学に入り直した経験があったので、Apple Japanを辞めてイギリスに移住してから再スタートすることへの恐怖心はありませんでした。当時イギリスの大学卒業後に現地就職を考えていましたが、2020年にコロナで現地採用が厳しくなり一旦日本に帰国。大学で出会ったフランス人のパートナーも一緒に日本に来て、今後の生活について話し合った結果、彼が先にイギリスに戻って生活基盤を整え、私が仕事を辞めて合流しました。
竹崎:ビザの面で制約がなく、住める・暮らせる基盤があった上で、落ち着いて仕事探しができた環境だったのですね。
山田:そうですね。最初はApple社内での異動を考えていましたが、採用凍結でどの部署も空きがない状況が続いたため一旦退職しました。「また入りたくなったら将来入り直せばいい」という前向きな気持ちでの決断でした。
その後、アマゾンだけでなく様々な企業に約50件ほど応募しましたが、なかなか採用されませんでした。振り返ると、自分の経験年数と経験内容がマッチしていなかったことが原因でした。Appleは少数精鋭で裁量責任が大きく、私も日本のリセラーのオンライン全体を担当していたため、次のキャリアで同じようなポジションを探すと、大体10年以上の経験年数が求められました。そこで経験年数に合ったポジションに応募し直したところ、アマゾンのブランドスペシャリストとして採用されました。
幼少期の海外との接点や原体験が重要
中村:私は帰国子女で、6歳から13歳までの7年間、親の仕事でニューヨーク州に住んでいました。その経験がとても楽しく、日本人だけでない多様な人種の中で働きたいという思いをずっと持っていました。高校は日本で受験し、大学も海外を考えましたが、就活でしっかり入りたい企業に入れるよう準備したかったため、日本の大学に進学しました。
就活では外資系企業を中心に見ていて、アマゾンに新卒で入社しました。入社時はもっとグローバルな環境を想像していましたが、新規営業でソフトラインの小さな日本企業を担当することが多く、ほとんど英語を使わない環境でした。ダイバーシティのある環境や、子供の頃に楽しかった海外生活への憧れから、ずっと海外で働きたいと思い続けていました。
竹崎:「海外に行きたいです」という話は、マネージャーや周りの人とオープンにできていましたか?
中村:新卒で入社した時から、「3年後くらいに海外に行けたらいいな」という希望をマネージャーに伝えていました。経験もない入社直後から自分勝手かなと思いつつも、オープンにコミュニケーションを取っていました。
海外に行きやすくするため、アカウントマネージャーからプロダクトマネージャーにロールを変更しましたが、それでも国内チームとしか働く機会がありませんでした。2年半働いた時点で「このままでは機会がない」と判断し、仕事上の付き合いがない海外チームも含めて、直接空きポジションを探してアプライを始めました。
竹崎:転籍はスムーズに進みましたか?
中村:難しかったのは、現地採用の方が採用しやすいこと、ビザサポートが必要なこと、そして職務経験が2年半程度しかなかったことです。結局6ヶ月間で3件ほどインタビューに呼ばれ、その中でイギリスへの異動が決まりました。


