パーティーが終わりに近づき、他の人たちが最後の1杯を求めてキッチンへ移動していく中で、ある人が誰にも気づかれないようこっそり外へ出る様子を想像してほしい。その人は機嫌が悪いわけでも、場を楽しめなかったわけでもない。ただ帰ることを選んだだけだ。同様に、職場の冷水機周辺で長話をする習慣がない同僚や、「今度飲みに行こう」と言われて「ぜひ」と快く答えながら実際には行くことはない人を思い浮かべてほしい。
私たちはこうした行動を非友好的と解釈しがちだ。よくても「よそよそしい」と見なし、ひどい場合には「傲慢だ」と決めつける。だが心理学はもっと興味深いことを示唆している。
私たちがすぐに「無愛想」と決めつける習慣の一部が、実はある種の思考様式の表れであることが多くの研究で示されている。物事を深く掘り下げ、一定以上の刺激を求め、外から見ると距離を置いているように見える形で静かに環境を最適化している思考様式だ。そうした3つの習慣と、それについての科学的な見解を解説しよう。
1. 人と交流するよりも1人でいることを選ぶ
1人でいることを選ぶ行動ほど、性格の欠点として誤解されやすいものはないだろう。他人と過ごすという選択肢がある場合はなおさらだ。一般的なイメージでは、孤独は妥協して受け入れるものであり、社交が得意でない人が甘んじるものだ。
だが、専門誌『British Journal of Psychology』に2016年に掲載された画期的な研究はこのイメージを大きく覆している。研究者たちは思春期の健康に関する縦断研究の一環として18〜28歳の1万5197人のデータを分析し、人生満足度に貢献する要因を調べた。その結果は常識とは逆のものであり、非常に印象的だった。
大半の人にとって、友人と頻繁に交流することは人生満足度の高さとつながっていた。これは驚くべきことではない。意外だったのは、認知能力の高い人ではその関係が逆転していたことだった。つまり社交の頻度が高いほど、そうした人の生活満足度は低かった。
研究者たちはこれを「幸福のサバンナ理論」と呼ばれる考え方でとらえている。人間の心理は大昔に進化し、現代の生活に必ずしも適合しないという理論だ。知能が高い人ほど新しい環境への適応力が高く、身近な人に大きく頼ることなく長期目標を追求できる。そうした人にとって夜1人で過ごすことは何か欠けているということではなく、生産的な環境なのだ。



