サイエンス

2026.04.12 18:00

酷寒の中でも発熱し雪を溶かす花「ザゼンソウ」のメカニズム

滋賀県高島市今津の群生地でのザゼンソウ(stock.adobe.com)

ザゼンソウの細胞内エンジンルームの動力は?

この点は重要なのだが、独立したAOXタンパク質だけに頼っていたとしたら、この温度維持は不可能だっただろう。この能力はむしろ、並行して稼働する2つの個別の熱産生システムを連携させることで実現している。

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『Plant Physiology』に掲載された2008年の研究によれば、ザゼンソウの肉穂花序では、はっきり異なる2つのミトコンドリアのエネルギー散逸システムが共発現しているという。つまり、代替酸化酵素のシステムと、脱共役タンパク質(UCP)のシステムだ。研究論文の著者らによれば、自然環境の周囲温度の変動に応じて恒温性の熱産生を調節する上で、これらのタンパク質が重要な役割を果たしているという。

この知見はことのほか興味深い。というのも、これまで脱共役タンパク質は、哺乳類の寒さへの適応と考えられていたからだ。脱共役タンパク質は、ATPの代わりに脂肪などのエネルギーを熱として放出させるタンパク質であり、冬眠中の動物やヒトの乳幼児において、褐色脂肪が熱を生み出す仕組みに関わっている。だが、この研究をはじめとするいくつかの同様の研究により、メカニズムは若干異なるものの、植物にもおおむね同じ能力があることが明らかになった。

これは、生物に見られる収斂進化のなかでも、ひときわ印象的な一例だ。動物と植物がそれぞれ別々に、構造は違うが機能は同等のタンパク質により、同じ熱産生の解決策にたどりついたのだ。

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受粉の問題を解決する仕組み

言わずもがなの疑問が一つある。いったいどんな理由から、植物はこれほど膨大な代謝資源を費やして、自らを温めるのだろうか? 

熱産生には炭水化物のコストが伴い、炭水化物には光合成のコストが伴う。しかも、ザゼンソウがこのプロセスを開始するのは、ほかの植物がまだ休眠している、日光が限られ、土壌の資源が乏しい時期だ。それを考えると、このコストをめぐる謎はいっそう深まる。

この疑問の答えは、複数の要素からなる:

・におい:ザゼンソウの悪名高い悪臭は、このプロセスの重要な一部だ。この悪臭は腐肉のにおいに似ており、活動を始めたばかりのハエや甲虫をおびき寄せやすい(彼らは、採餌と、交尾のできる温かい場所を探している)。このにおいのもとになる化合物が熱によって揮発し、周囲の空気中に送り出されるおかげで、においの有効範囲が大きく広がる。冷たい花のにおいは、ゆっくりしか広がらない。それに対して、熱を持つ花のにおいは、広範囲にまき散らされる。

・花粉媒介者への報酬:『Nature』で発表された画期的研究では、発熱する花の生む熱が、花粉媒介者にとって少なからぬエネルギー報酬となっていることが明らかにされた。この熱のおかげで、採餌や交尾のエネルギーコストが、周囲の冷たい空気中で行う場合よりも大幅に小さくなるのだ。氷点下近い気温のなかで活動を続けようとする変温動物の昆虫にとって、内部が摂氏23度に保たれている花は恩寵だ。その花のなかで時間を過ごせば、飛行し、交尾し、次の花まで花粉を運べるくらいに筋肉の温度を保っておける。

・花粉の受精能力:『Biology Letters』で発表された2009年の研究では、ザゼンソウの花粉発芽と花粉管の成長は、摂氏8度ではほとんど発達しないが、ぴったり23度で急激に最適状態に達することが明らかになった。その意味では、熱産生は、初春の受精を機能させるための一要件になっていると考えられる。その熱がなければ、花粉はまったく機能しないだろう。

こうした在り方は、受動的な生物の振る舞いではない。これは、自らのいる環境を把握し、その環境に反応して、自らの生理機能をリアルタイムで調節し、最適な生殖の結果を得るためのシステムだ。ザゼンソウにおけるこのメカニズムは、動物のような神経系ではなく、ミトコンドリア膜のタンパク質が担っているが、機能上の理屈は同じだ。

そんなわけで、霜に覆われた湿地で、溶けた雪に囲まれて悪臭を放ち、うっすら湯気を立てつつ、いままさに花を咲かせようとしているザゼンソウを目にする機会があったら、しばしのあいだそれを称えよう。この花は、掛け値なしに並外れたことをしているのだから。

forbes.com 原文

翻訳=梅田智世/ガリレオ

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