ひとりの研究者の構想から始まった創薬プラットフォームは、筋萎縮性側索硬化症(ALS)を起点に、難病治療薬開発のプロジェクトを次々に生み出そうとしている。
国の指定難病は約350種類。そのなかには、市場規模が限られ、製薬企業が研究開発に乗り出せない疾患も多い。薬をつくるには、まず治療対象となる分子の形を知ることが必要だ。しかし長年、薬の候補となる物質がタンパク質とどう結びつき、作用するかが見えず、膨大な候補を手探りで試していくしかなかった。
近年、分子の形を静止画のように撮影できるようになったが、生体内の分子は常に動き、形を変え続けている。この「動き」をとらえなければ、正しい標的や、ゆらぐ結合状態の理解が難しく、治療薬開発につながらない。
モルミルは、この「動き」の可視化技術で、創薬の構造的な課題を解決しようとしている。特に注目しているのは「相分離」という現象だ。細胞内でタンパク質が分離して液滴状に集合するもので、これが筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの神経難病発症に深くかかわっていることがわかってきている。
そうした細胞内の変化をとらえるため、ふたつの技術を組み合わせる。ひとつは産業技術総合研究所の冨田峻介が開発した「CHEmir(ケムミル)」という技術で、複数のセンサーの光応答パターンから分子の動きや状態を判別する。ふたつ目は「MAGmir(マグミル)」という、徳島大学の齋尾智英が専門とする核磁気共鳴法で、電磁波に対する原子核の応答を観察し、化合物の分子構造やタンパク質の構造・運動状態を調べる技術だ。
これらの技術により、これまで数年を要していた創薬の探索段階について、2分の1から3分の1程度に短縮できる可能性があるという。まずはALSの治療薬開発を進める。市場規模は、グローバルで数百億円-1000億円を見込み、2030年前後を臨床試験開始目安としている。
全国から多分野の知を結集
しかしこれは、同社が描く構想の一端に過ぎない。奈良県立医科大学に拠点を構えるモルミルには現在、全国の研究機関から十数人の大学教授や研究員が科学顧問として参画。生物学、物理学、医学など専門分野は多岐にわたる。研究者で医師のCEO、森英一朗は、自身が技術シーズを生み出すのではなく、研究者同士をつなぎ、各分野の知を結集することで治療薬開発をしようと考えた。
仕組みはこうだ。まず森やCTOの富松望が、臨床現場と製薬会社のニーズをヒアリングし、創薬プロジェクトを設計。その分野に知見があり、興味をもってくれそうな研究者(科学顧問)たちに参画を打診する。同社では、分野横断の科学顧問を結集し、課題ごとに最適な創薬チームを構築するこのアプローチを「TEAmir」と呼んでいる。
研究成果はモルミルの開発パイプラインに統合し、同社主導で共同開発を進める。開発が一定段階に到達した時点で、製薬企業との共同開発やライセンスを通じて事業化を図る。臨床医とも協働し、臨床現場でしか得られない知見を開発に反映する。
「研究者は好奇心の塊なので、面白いテーマをもちかければ、自ら研究に乗り出してくれる。私たちが創薬基盤になり、教授たちをつなげば、創薬が加速するのではないかと思ったんです」(森)。実際、25年10月には、科学顧問のチームが、ALSの原因を抑制する因子を発見するなど、基礎研究段階では成果が出始めている。
森はこう締め括った。「全国の研究シーズを把握し、適切なタイミングで組み合わせる。創薬プロセスの足りないピースを埋める役割を果たしたい」
モルミル◎2022年に設立した奈良県立医科大学、産業技術総合研究所、徳島大学発のスタートアップ。細胞内の分子の動きや状態をとらえるセンシング技術と、電磁波に対する原子核の応答を利用して分子の構造や動きを調べる手法を組み合わせ、ALSなど難病向けの創薬や治療法の開発を目指す。全国から十数人の科学顧問が参加し、創薬支援をしている。



