開発の原点は減塩を諦めた患者との別れ

現役の医師としても多忙な福島が、デバイスの開発に時間と費用を費やしてきたのには、理由があった。医師3年目に遡る。脳神経内科医として初めて担当したのが、脳梗塞に罹患した患者だった。この患者は、入院後も血圧が高い状態が続き、脳出血を引き起こし、そのまま帰らぬ人となってしまった。家族に話を聞くと、塩分を減らした食事を試みていたものの、味が薄いと塩味を足して食べてしまっていたとのことだった。食事は栄養をとる手段である以上に、人生の楽しみでもある。減塩食を継続することの難しさを痛感した福島は、「おいしさ」と「健康」を両立させる方法を探し始めた。うま味調味料や代替塩の活用、減塩を感じにくい調理法など、さまざまな取り組みを調べた。いずれも意義ある取り組みではあったが、事実として日本人の塩分摂取量は下げ止まっている。他の手段も必要だと考えた。
そんな時、ある論文に目がとまった。「電気刺激によって味覚が変化する」という研究結果だった。この論文の著者の一人が、現在はUBeingの技術顧問でもある、東京工科大学教授(当時東京大学)の青山一真だった。青山はVRやメタバース領域における経皮電気刺激、電気味覚研究の第一人者で、皮膚への電気刺激で感覚を作り出す研究を続けてきた。国内では電気刺激で味覚に変化を起こす研究は進んでいたものの、当時は社会実装には至っていなかった。
「課題があり、それを解決する技術がある。誰もチャレンジしていないことは残念だ」と、福島は2021年に青山に協力を仰ぎ、開発がスタートした。途中から、大手自動車メーカーで工学デザイナーの石黒聡が仲間となった。福島が、デバイスのコンセプト設計や製造パートナーとの折衝、医学的知見を軸に走った。青山がデバイスの技術的な部分でアドバイスに入り、石黒はデザインや開発プロセスの体系化など、ものづくりの部分を担った。3者それぞれの強みを活かしたチームとなった。
デバイス開発は試行錯誤の連続だった。食器に組み込む形状、口や顎に接する位置に装着する形状など、さまざまなプロトタイプが作られた。それぞれの利点と課題を検討する中で、現状のマスク型という形にたどり着いた。

福島が事業に取り組み始めてから迷い、立ち止まったことが一度だけある。会社設立から1年経過した頃のことだ。特許申請、資金確保、仲間集めなど、未経験なことが多すぎたからだ。そんな時、とあるメンターから、なぜこの事業を始め、続けているのかと問われた。その問いを機に、あらためて事業の原点を自問した福島は、こう語る。「医師3年目のあの原体験がやはり悔しかった。何とかしたかった。その思いにもう一度立ち返りました」。
さらに、2022年のピッチイベントで、吉野家のケア営業との出会いも、福島の大きな後押しとなった。吉野家ではすでに介護施設向けの減塩牛丼を展開しており、好評を得ていた。一方で、さらなる味の向上方法も模索していた。そこにumaiNaのプロトタイプを組み合わせたところ、おいしさを増強できる可能性が見えてきた。「吉野家からも、このアプローチは可能性もあり、新しいと評価いただきました」。この出会いをきっかけに、学会での共同展示も実現した。福島にとって大きな自信となった。


