三葉虫の眼は、どの程度まで細部をとらえたのか
初期の視覚をめぐる研究に残されている疑問の一つが、そうした眼はどれくらいまで細部を見分けられるのか、というものだ。三葉虫の眼のレンズは、方解石でできていた。方解石は、透明度の高い炭酸塩鉱物で、光を集めるにはうってつけだ。しかし、方解石は「複屈折」物質でもある。これはつまり、通過した光線が2方向に分けられ、うまく方向を定めなければ、二重の像ができてしまうということだ。
だが、この鉱物特有の性質にもかかわらず、個々の個眼のサイズが小さいため、そうした影響は最小限に抑えられていたと見られる。そのおかげで、歪みがそれほどない、一貫した視覚信号を生み出せていたのかもしれない。
とはいえ、眼の外部構造で残されているのは化石の物質的要素だけであり、色素や神経配線のような軟組織は残っていないため、特定の細部については、現生の節足動物との類似をもとに、科学者が推測しなければならない。
最新の証拠からうかがえるのは、三葉虫の眼が、全体として見ると、動きやおおまかな輪郭の感知に長けていたことだ。その一方で、現生の多くのカニや昆虫のような、高解像度の像を見る能力や、豊かな色覚はおそらくなかっただろう。むしろ三葉虫の視覚は、生態学的な生存に最適化したものだった。三葉虫が必要としていたのは、影と動き、そして自分たちが生きる環境のおおまかな配置を感知する能力だけだったのだ。
三葉虫の眼が、現代でも重要である理由
これほど古い時代に複眼構造が存在したという発見は、視覚の初期進化に関する我々の知見を塗り替えた。「単なる感光点」の段階から、こうした高度なシステムへと至るまでの歩みは、想定よりもはるかに早い時期に達成されていたのだ。そうした発見は、複雑な視覚系が、カンブリア紀のごく初期に確立され、太古の海の感覚世界に変革をもたらしたことを示唆している。
それでも、三葉虫に視覚があったかどうかがなぜ重要なのか? と思う人は多いかもしれない。その答えは、視覚、つまり「光を集めて解釈する能力」が、地球史上で屈指の重大な進化的ステップだったという事実にある。
最初は基礎的な像を生成するだけだったかもしれないが、ひとたび進化したあとは、動物は捕食者を感知し、それまでよりも効率的に餌を探し、複雑な環境を動きまわれるようになっただろう。これは、生態学的な相互作用をつくり変える出来事だった。視覚が進化の触媒になった結果、生物が一挙に多様化した「カンブリア爆発」が導かれた可能性も指摘されている。
昆虫の複眼から、カメラレンズのような設計のヒトの目まで、現生の動物の眼はどれも、はるか昔まで起源をたどっていけば、三葉虫が備えていたような、ごく初期の光感知システムに行きつく。最先端の古生物学と、画像処理テクニックのおかげで、太古の視覚の像がいよいよ鮮明になりつつある。いまや、そうした太古の眼の見た目が明らかになっているだけでなく、その眼が見ていたかもしれない像までわかるようになってきたのだ。


