心理学ではこのような感情の自己認識の側面を「感情ラベリング」と呼び、感情的知性の重要な要素と考えられている。専門誌『Emotion Review』に2018年に掲載された研究によると、感情を認識して言語化することは、その昂りを下げ、結果として管理しやすくする非常に効果的な方法だ。
この観点から見ると、自分の感情の引き金を理解しようと努める人は、衝動的あるいは不適応に反応するのではなく、より建設的に対応することができる。このような内省は考えすぎと誤解されがちだが、実際には心理的に成熟していることの表れだ。
感情的知性の高い人は、不快な感情を抑え込むのではなく、十分に探求してから次に進む。このプロセスは感情的知性を反映すると同時にそれを高めるものであり、行動のパターンを明らかにすることで、将来の状況においてより意図的に対応できるようになる。
考えすぎが問題になるとき
内省的思考が有益であっても、それが非生産的な反すうに陥らないようにすることが重要だ。その違いは目的にある。
・内省的思考は理解と成長を目指す
・反すうでは自己批判や不安の循環に陥ることが多い
こうした理由から、感情的知性の高い人は、何らかの価値ある洞察を得たら内省からすぐに行動に移そうとする。例えば、同じ問題にとどまるのではなく、内省から何かを学んだことを実際の改善につなげる。何かを変えなければ何も変わらないと理解しているのだ。
迅速な決断や即座の反応が過度に重視される慌ただしい現代社会においては、物事をじっくり考える人は優柔不断、あるいは熟考しすぎと見なされてしまうことがある。感情や人間関係の力学を分析しようとするその傾向は、すぐに「考えすぎ」とレッテルを貼られがちだ。
しかし、心理学の研究が一貫して示唆しているように、感情的知性には注意深い観察と自己認識が必要であり、これら2つの能力は感情についてより深く考えることが欠かせない。
こうしたことから、次に自分が会話を振り返ったり自分の感情を分析していることに気づいたとき、それが有益な洞察につながっているのであればやめる必要はない。なぜなら、往々にしてそれは考えすぎではなく、実際には感情的知性が働いているかもしれないからだ。


