もちろん、健全な内省と過度な反すうは区別する必要がある。反すうにはネガティブな思考の繰り返しが含まれ、新しい、あるいは前向きな洞察につながることはほとんどない。一方、内省的思考ではやり取りから学び、そこから得た理解をもとに将来の行動を調整する。
したがって、もし自分が自己批判ではなく好奇心を持って定期的に会話を振り返っているのであれば、それは重要な社会的スキルを鍛えている可能性が高い。
習慣2:自分の行動を深く考える
考えすぎだと誤解されやすいもう1つの習慣は、意思決定の前に複数の視点を考慮する傾向だ。
感情的知性の高い人は自分の選択が家族や同僚、友人、パートナーなど他の人にどのような影響を与えるかを一度立ち止まって考えることが多い。デリケートなメッセージに返信する前や対立に対処する前に、さまざまな結果を頭の中でシミュレーションすることもあり、これは周囲からは不必要なことに見えることもある。
実際にはこれはパースペクティブ・テイキングに密接に関係している。パースペクティブ・テイキングは共感や円滑な対人関係の能力と関連する認知スキルだ。専門誌『Early Child Development and Care』に掲載された2015年の研究では、この能力は協力関係を築き、対立を減らし、向社会的行動を高めるために不可欠であることが示されている。
他人の感情や反応を常に「考えすぎる」人は、側からは優柔不断、あるいは慎重すぎるように見えるかもしれない。しかし実際には、行動する前に感情面で及ぼし得る影響を注意深く評価しているだけだ。それは多くの人が他の人に対してもっと持ってほしいと望む思いやりでもある。
習慣3:自分の感情反応を過度に分析する
3つ目の「考えすぎ」は、自分の感情反応を分析することだ。例えば、会議中にいつもよりイライラしていることに気づいたり、誰かと過ごした後、普段より神経質になっていることに気づいたりするなど、自分の思考や感情を鋭く自覚することがよくある人を思い浮かべてほしい。
感情的知性の高い人はそうした感情を無視するのではなく、まず一度立ち止まり、自分がどう感じているのか、なぜそう感じたのかを考える。それはストレスによる反応なのか、単なる誤解の結果なのか、それとも注意を必要とする、より根深い未知の懸念の表れだったのだろうか。


